「死後の世界は存在する!」あの世の丹波哲郎センセもご推薦!?映画『ラブリーボーン』

■ピージャク映画の新作

言うまでも無く『ロード・オブ・ザ・リング』の監督としてその名を世に知らしめたピーター・ジャクソンの新作映画であります。ただ、この人、『LOTR』の成功はあったけれども、その容貌と同じくパワフル、悪く言えば暑苦しい演出を好む人なんだと思う。『LOTR』自体はその暑苦しさゆえの演出の濃さが、長大な原作を3部作という形に濃縮する、という方向に結実して効を奏し、大成功を収めたわけなんですが、『LOTR』後の監督作品『キングコング』は、主演のジャック・ブラックの顔から秘境の原住民からコングの体毛まで、なにからなにまで暑苦しく描かれていて、それが3時間もの長さで続き、見ている最中胸焼けのあまり「おーいだれか制酸剤持ってこーい!」と言いたくなりましたわ。

初期のホラー作品『バッド・テイスト』あたりも、ホラー描写云々以前に「いやーなんだか濃いいなあ」とその悪乗り具合に感心したものです(残念ながら『ブレイン・デッド』は未見)。さらにタイトルから文芸作を思わせる『乙女の祈り』にしたって、乙女の空想が妖しく美しく描かれる映画と思いきや、「妄想どっかーん!あひゃひゃひゃひゃ」とばかりに腐女子の原点みたいな女子二人が歯止めの利かない妄想の暴走をみせる、という、耽美というよりは珍味、といっていい映画でありました。だから逆にこの新作『ラブリーボーン』は、"感動の名作"の皮を被っておいて、どんだけピージャクの暑苦しさが発揮されているのか、妙な所が楽しみで観に行ったんですよね。

■『ラブリーボーン』と『乙女の祈り

物語は14歳の少女スージー・サーモン(シアーシャ・ローナン)が暴漢に襲われ痛ましい死を迎えるところから始まります。スージーは霊となり現世と天国の境界の世界に留まり、悲しみに暮れる家族や自分を殺めた殺人犯の行方を見つめるのです。”境界”の幻想的な映像や、家族を亡くした家庭の崩壊と再生、そして犯人探しの緊張感溢れる描写が描かれてゆき、ラストは救済と癒しに満ちた大団円を迎えるんですな。クライマックスへとひた走る物語の盛り上がり方はさすがピーター・ジャクソンと思わせる怒涛の展開で、オレみたいに「死後の世界とか信じてねーし湿っぽい話とかキライなんだよな」なんてスカしたことを言いたがる人間でも納得できる出来になっています。

それにしてもピージャクはなんでこんな「死後の世界」を描きたかったんでしょうか。実はコレ、妄想が暴走する『乙女の祈り』の裏版じゃないのかとオレは思うんですな。思春期の二人の少女が二人だけの妄想の世界を構築し、それが狂気を孕みながらどんどんと増殖してゆき、終いには二人を認めようとしない大人を惨殺してしまうという、実話を元にしたこの『乙女の祈り』の見所となるのは、なんといっても百花繚乱と咲き乱れる美しくもまたグロテスクな少女二人の妄想の映像化です。自らもまた暑苦しい妄想に満ち満ちたピージャクは、「妄想の暴走」というその一点にシンパシーを覚え、この題材を作品として撮り上げたのではないでしょうか。

■妄想の暴走

翻ってこの『ラブリーボーン』では、現実の世界とは別に、スージーがさまよう"境界"の世界がもうひとつの舞台となります。天国に限りなく近いその場所の映像は、幻想的でひたすら眩く美しく描かれ、この映画のファンタジー風味を盛り上げています。"死後の世界"が実在するのかどうかを知る術はないし、”見た”という人がいたとしても、それが本当かどうかは分かりません。それは想像するしかないわけです。そこでピージャクです。ピージャクはこの映画の原作なり脚本なりに触れて、まずこの”死後の世界”を映像化してみせることに興味が湧いたんではないでしょうか。

ピージャクにとって、本当は、"死後の世界"の存在とか、家族を亡くした悲しみとか、闇を徘徊する凶悪な殺人者とか、割とどうでもよかったのではないか。それよりも、ただただファンタジックに花開く”死後の世界”を映像化してみたい。そう思ったとき、ピージャクはきっと「これはいける!」と感じたんじゃないのか。映画『ラブリーボーン』は、意外とそうやって製作されたんじゃないかと思うんですよ。ピージャクの作家性というのは、まさにこの「妄想の暴走」により発揮されるものだからです。そして暴走しているからこそピージャクの映画は、濃厚で暑苦しく、そしてエキサイティングなんです。

蛇足ですが、映画のサウンド・トラックをなんとあのブライアン・イーノが手掛けています。冒頭一発『ミュージック・フォー・エアポート』が流れたときは思わずニヤニヤしてしまいましたが、映画BGM向きのアンビエント・ミュージックのみならず、初期のポップな楽曲からもボーカル抜きで何曲かセレクトされています。だから実は「これ何の曲だっけ」と考えてばかりいて物語になかなかノレなかったりして…。エンド・クレジットの曲は知らないけど、あのギターはきっとロバート・フリップだと思うんだがなあ。ちなみに、サウンド・トラックは発売されていないようですね。

ラブリーボーン 予告編


乙女の祈り [DVD]

乙女の祈り [DVD]

Music for Airports

Music for Airports