怖い絵3 / 中野 京子

怖い絵3

怖い絵3

なにげない1枚の絵画から西洋史の暗部を読み取ってゆく中野京子の『怖い絵』、3巻目にして完結である(1巻目の紹介はここ、2巻目はここで)。いやあしかしこのシリーズは本当に面白かった。例えば中世〜近世の絵画は画家が有力者や教会など体制側のパトロンとして描いていたものが殆どだったのだろうが、そうして描かかれた美麗壮麗な筈の絵画が、無意識的にそれら権力者や宗教の抱える歪さや暗部をも内包してしまっているということを暴き出しているという点がまず面白かった。またそういった背景で描かれたものではない近代の絵画にしても、現在では知ることの出来ない習俗や忌避され公にされない社会背景などを孕んでいることを看破してみせる点でも興味深かった。
また、歴史や文芸に疎いオレのような人間でも分かりやすく丁寧に最初から説明されていることも好感が持てた。今回はボッティチェリヴィーナスの誕生』やルーベンスメデューサの首』、 伝ブリューゲル『イカロスの墜落』、ドラクロワ『怒れるメディア』やベックリンケンタウロスの闘い』など、神話を材にした作品も多く語られているが、こういった伝説に造詣が深い人ならば言わずもがなであろう内容を一から説明してくれているので、オレのような不勉強な輩にも実に分かりやすくその内容が伝わった。
今回も様々な『怖い絵』がお披露目されている。寂しげな微笑を浮かべたあどけない少女の肖像、伝レーニ『ベアトリーチェ・チェンチ』は、その少女がおぞましい事情により不当な死罪を言い渡され、牢獄の中で処刑を待つ日々の中その肖像が描かれたことを伝える。

レッドグレイヴ『かわいそうな先生』は、喪服を着た美しい令嬢の表情に隠された19世紀ヴィクトリア朝時代の大英帝国の、女性差別が起こす悲哀を記している。

レオナルド・ダ・ヴィンチ『聖アンナと聖母子』はその絵画構図の中から天才ダ・ヴィンチが幼少時に叔父から受けたとされる性的陵辱を透かし見せる。

アミゴーニ『ファリネッリと友人たち』は貴族的な人々が集い微笑むありふれた絵の中に去勢歌手であるカストラートの残酷な運命とその黄昏を見出す。

今回一番"怖い絵"だったのはホガース『ジン横丁』だろうか。粗雑なジンに酔い痴れ廃人となった人々が荒廃した町の中で餓鬼のように烏合するさまを描いたこの絵は、まさに地獄絵図としかいいようのない絵であり慄然とさせられた。