"運なんかじゃない、運命なんだ" 一途なラブ・ストーリー、『スラムドッグ$ミリオネア』

■スラムドッグ$ミリオネア (監督:ダニー・ボイル 2008年イギリス/アメリカ映画)

■負け犬=スラムドッグの物語

これは運ではなく運命についての物語である。主人公ジャマールはインドの底辺社会で生まれ、満足な教育も受けられないまま過酷な少年時代を過ごしたのにも関わらず、人気番組「クイズ$ミリオネア」で前人未到の全問正解を成し遂げてゆく。

ジャマールはそれらの答えが「自らの人生の中にあった」と回想してゆくが、彼がこれまで過ごした幾ばくかの人生の中に、クイズ番組で求められるような広範で子細な情報と経験が含まれていたということでは無い。それは"たまたま運よくそうであった"ということでしか無い。勿論、ジャマール自身に強烈な感受性と学習能力があったからこそ、その経験から様々な情報を得ることができたということも言えるのだろうが、この物語は、そんな「経験から学べ」などという処世訓の物語なのでは無い。さらに言ってしまえば、「負け犬=スラムドッグだって、がんばれば人生に勝つことが出来るんだ」などという安っぽいサクセス・ストーリーなんかでも決して無い。それは、経験から学び、がんばって裏社会でのし上がっていった、ジャマールの兄の凄惨な最期からも分かることだろう。

なぜなら主人公ジャマールは、「自分は子供の頃から人が体験したことが無いようないろんな経験をしてきたから、この知識を元にクイズ番組に出て一丁稼いでやろう」という目的でクイズ番組に出場したわけではないからだ。ジャマールは何故このクイズ番組に出たのか。それは、「TVに出演すれば、愛するあの人がきっと見てくれると思っていたから」なのである。クイズ番組の出演は、手段であり、目的なのではない。即ちこの物語は、貧困から一発逆転して億万長者に成り上がる物語なのではなく、ひとつのシンプルで一途なラブ・ストーリーなのだ。

■不幸な生い立ち

主人公の貧しく不幸な生い立ちは、実は背景であり、それは主題ではない。映画は、クイズ番組で不正をしたと疑われた主人公の拘束から始まり、そこから過去を回想してゆくという形で様々なエピソードが語られるけれども、ここで語られる生々しい貧困と熾烈な現実は、どんな国であってもその発展途上の時期にはきっと存在したことであろう事実であり、インドの特殊な事情を説明したものではないのだ。

日本でも太平洋戦争終結後は、戦災孤児となった子供たちが浮浪児と呼ばれ愚連隊となり、徒党を組んで闇市を拠点に違法行為を繰り返していたという時期があった。また、何度も映画化されたチャールズ・ディケンズの「オリバー・ツイスト」は、19世紀イギリスの下層階級に生きる孤児が窃盗団になってしまう、という物語だった。ただ、「スラムドッグ$ミリオネア」がもし特殊なのだとすれば、それはインドの持つ強烈な混沌性とエキゾチズムが、映画に独特のテイストを生み出しているということだろう。

■それは、運命。

映画前半がクイズの問題が出されるたびにその答えと結び付けられて回想されるジャマールの過去、という構成になっているこの映画では、実はクイズ番組がジャマールの過去を語るための単なる装置になってしまい、それが全て正解に結びつくということの出来すぎ感は拭えない。だが、過去の物語から徐々に浮き上がってくるジャマールと少女ラティカとの出会いと別れを繰り返す悲恋のエピソードは、次第に求心力を持って物語の中心的主題となってゆく。"運よく"勝ち進んだジャマールの物語は、ジャマールとラティカの、"運命"の物語へと変わってゆくのである。

君と僕は、たまたま知り合っただけなのかもしれない。僕が君の事を忘れられないのは、それは恋というものがたいていはそんな風なものだからなのかもしれない。でも、何度も出会いながら、それでもいっしょにいられないのは、それは、ただ運が悪いからなのだろうか。それが、運命だからなのだろうか。違う。僕は、そんな運も運命も信じない。僕が信じる運命があるのだとしたら、それは、僕と君が、きっと出会うことの出来る未来だけだ。だから、僕はTVに出て、きっと君が見てくれるだろうことを信じている。そして、運命が、きっと自分の側にあることを信じている。

そして、電話のベルが鳴る。これこそが、きっと、ジャマールとラティカの、真実の運命だったのだ。

■スラムドッグ$ミリオネア 予告編


■映画『スラムドッグ$ミリオネア』のサウンド・トラック

ところで、「トレイン・スポッティング」のダニー・ボイルらしく、映画のサントラが実に素晴らしい。サントラを手掛けたAR RAHMANはインド映画サントラ界の巨匠と呼ばれているらしいが、むせかえるようなバングラ・ビートとインド独特のメロディが強烈に耳にこびりつく。なにしろ映画の緊張感が全て昇華されるラストの曲「Jai Ho」がいい。映像と合わせ、まるで夢から覚めたような開放感に満ちていて胸が高鳴ること請け合いだ。これは劇場で是非見て欲しい。このサントラを自身のレーベル第1弾として発表し、共同で製作している女性シンガーM.I.A.エスニック・サウンドがまたたまらない。

Slumdog Millionaire

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