フォトグラファー、ロバート・メイプルソープの名は、彼の撮った非常にビビッドでエロティックな一連の花の写真を観て知った。それら花の作品はメイプルソープの晩年のもので、実は彼の作品の多くは性器まで露にしたメール・ヌードや女性ボディ・ビルダー、SMチックな緊縛写真など、エキセントリックで過激なものが殆どである。しかし肉体を一つのマッスとして捉えたそれらの写真はどれも硬質な緊張感を湛え、単なるポルノグラフィを超えた一級の美術作品として完成していた。メイプルソープはバイセクシャルの写真家として知られ、HIVにより42歳という若さで命を落としたが、そのセンセーショナルな人生は、どこか生き急いだ、という印象さえある。
このドキュメンタリー映画『メイプルソープとコレクター』は、最初そんなメイプルソープの半生を描いたものかと思い観に行ったのだが、実際は、彼を見出し才能を開花させた不世出のコレクターでありキュレーター、サム・ワグスタッフを中心に語られることになる。ワグスタッフは"写真"というものの芸術的価値を早くに気付き、当時芸術としてあまり認めてられていなかった"写真"というものをファイン・アートとして世間に認知させた男でもあったのらしい。そういったあまり知られていない芸術史の一端を垣間見られるといった意味でも興味深い映画であったと言える。
ワグスタッフは裕福な名家の生まれであり、成功したキュレーターであり、均整の取れた肉体を持つハンサムな男であったが、それと同時にゲイでもあった。その彼がメイプルソープと出会い、メイプルソープのパトロンであると同時にパートナーになることによって、自らの隠された官能に忠実に生きるようになるのだ。メイプルソープのワーキング・クラスから叩き上げた貪欲さと上昇志向、そしてダイヤの原石のような秘められた才能の輝きは、ワグスタッフにとって、己のネガでありポジであるように感じたに違いない。周囲では「メイプルソープはワグスタッフを単なる金づるとして利用した」という評価もあるが、それを許したのはワグスタッフであり、25歳も離れた愛する若者への、精一杯の愛情表現だったのだろう。そしてメイプルソープは、若さゆえの不器用さと無頓着さから、そういった形でしかワグスタッフの愛を受け入れられなかったのではないか。
そしてもう一人の人物が、メイプルソープが駆け出しの頃から親密な交際関係にあった、ニューヨーク・アンダーグラウンド・パンクの女王、パティ・スミスである。この映画では当時の関係者たちの多くのインタビューが流されるが、ワグスタッフともメイプルソープともプライベートで関係のあったパティ・スミスの証言が最も愛情に溢れ、そして二人への深い理解に満ちていた。なにしろこのパティ・スミスが、還暦を迎えるような年齢とはとても思えないほどキュートであり、別の意味で映画の見所になっている。ただ、この映画はドキュメンタリーである為にある種の"固さ"があり、これを脚色したドラマとして見せたなら、下世話ではあるけれどアートの世界に生きるゲイとそのパートナーの愛の物語として完成していたかもしれない。
■Black White and Gray Trailer
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※以下にメイプルソープのセルフ・ポートレートをはじめワグスタッフ、パティ・スミスのポートレート、その他メイプルソープの作品をちょっと載せておきます。興味のある方は【続きを読む】からどうぞ。
Self-Portrait 1980
Sam Wagstaff 1979
Patti Smith 1978
Lady Lisa Lyon 1982
Ajitto 1981
Calla Lily, 1986
Joe 1978
Ken and Tyler, 1985
Charles 1985