スパイダーマン3 (監督:サム・ライミ 2007年アメリカ映画)

関東台風上陸というのに映画なんぞ観に行っているお気楽な人間とは誰あろうオレのことである。しかも観に行ったのがとっくの昔に公開してて話題的に旬を過ぎた《スパイダーマン3》である。今更観に行く、というのは実はあんまり観る気がしていなかったからだ。またぞろウジウジした人が一杯出てきてウジウジしまくるんだろう、と勝手に思ってたのである。別にウジウジすることは悪くはないのだが、3作続けてウジウジされたら、それは君、進歩も学習もしていないと言うことじゃないのかね、などとオレなんかは思うわけである。それと、観た人の評判があんまり良くない。つまらなかった、と言うわけでもないが物凄く面白かった!と言う声も聞かない。そんな先入観からなんだか足が遠のき、忘れた事にしていたのだが、どうも観る映画が他に無いのと、一応VFXだけ観ても楽しめるんじゃない?と自分に言い聞かせ、チャレンジすることにしたのである。

で、《3》である。えーと、物語はすっかりヒーローになっちゃって、ガールフレンドも出来て、生活も充実していて、ヘタレでモテなくてダサかったこれまでとは全く違う、悠々自適な主人公ピーター君の幸福に呆け切った毎日から始まる。スーパーヒーロー・スパイダーマンに勝てるものなどいない。もはやどんな危機的な状況だってお茶の子さいさいで解決できる。締りのないオープニングだが、しかし、これはスーパーヒーローが完膚なきまでに”悪”を撲滅したら、当然獲得されるべき平和な世界だ。これまでの話の流れから当然の世界がここで描かれているのだ。

ここからいつも通り悪役の皆さんが出現するのだが、これがどうもインパクトが弱い。サンドマンなんて単なる力馬鹿だし、元友人オズボーンの変身したニュー・ゴブリンは親父の劣化コピーだ。だが、ちょっと待て。回を増すごとにインパクトの強い敵役が出現するのはこの手のヒーロー物では当然の宿命だが、それと同時に”強力な敵”のインフレーションを起こすこともまた宿命である。次から次へと”もっと強い敵”が登場し、ヒーローがどれだけ活躍したって世界は絶対平和にならない。要するに、いつまでやったってキリがないということだ。監督サム・ライミは、この《3》で、そのありがちなインフレーションの螺旋を回避したかったのではないか。今作で弱い、と言われるアクション・シーンだが、ライミは、《スパイダーマン3》を、そういったアクション・シーンのみを主眼としたヒーロー映画として”撮りたくなかった”のではないか?

観客誰もが期待しているであろうアクション・シーンまで犠牲にしてライミが撮りたかったもの、それはまあ、ベタであるが、”物語”である、と思う。黒いコールタール生物に寄生されて自分を無くすピーター君の描写はちょっと失笑物ではあるが、ある意味普通の青年で、清廉潔白な殉教者のようなヒーローというわけではないピーター君が、己の力と名声に酔い、驕り昂ぶって粗暴な態度をとる、というのは、逆に言えば随分と人間臭い話ではないか。考えてみれば、ライミというのは、このシリーズで一貫して”人間臭いヒーロー”を描こうとしていたことから考えると、このヒーローの逸脱行為というのは、平和で呆けた世界とヒーローのその後の零落という風に考えれば、実に筋の通った流れなのである。ただそんな物語が面白いかどうかではあるが。

ライミはそういった点で”物語”を描くということに対しては物凄く正直で天真爛漫ではあるが、実直すぎてつまらなくなってしまっているということなのだろう。つまりストーリーテリングの監督ではないが、それをやろうとして失敗した、というのが今作ではないか。ラストには「本当の”悪”など存在しない。そして、”許す”という行為こそが貴いのだ」というメッセージが込められているけれども、それはとても高潔で正しいけれど、それやっちゃうと、もう、あとが無いんではないか。いや、あとなんか無くてよくて、これまで3作で語り続けられてきた、ヒーローと登場人物、そして様々な悪役達の背後にある、止むに止まれぬルサンチマンが、実はこの《3》のドラマにおいて全て昇華されたことを考えると、これは実に結末らしい結末と言うことも出来る。それが多分ライミが結実させたかった”物語”の終焉なのだと思う。ただね。4作目作るっていうじゃないですか。でも、この3作目のラストで、”物語”をまとめちゃったライミに、結局は望まないインフレーションを起こさせるしかない4作目が必要なのか?と思うんですけどね。ホントに作るのか?

蛇足だが、類型的な人物描写の中にあって、ヒロイン・キルスティン・ダンストの存在感や細かい感情の機微の伺える演技はこの3作の中でも際立って素晴らしいものがあった。彼女の存在がこの映画を1ランク高いものにしていると思う。これまでブサイクとか言ってスマン。マリーアントワネットもよかったぞ。許せキルスティン。

■Spider-Man 3 Final Trailer