壁抜け男 / マルセル・エイメ

壁抜け男 (異色作家短篇集)

壁抜け男 (異色作家短篇集)

早川異色作家短編集第17巻はフランスの作家マルセル・エイメ。そしてこの全集では個人作家篇最後の作品集である。エイメの描く物語はどれも庶民が主人公であり、生活感に満ち溢れ、アイディアそのものよりもその中で繰り広げられる人間模様の哀歓を描くことに力を置いているようだ。その為作品のテーマから考えるとページ数の多い冗漫な印象を受ける作品が多かった。これは登場人物を物語の駒や記号のように描くのではなくあくまで魂のある人間として描こうとしたからなのかもしれない。そんな人間性重視の描写が本国では人気が高かった理由なのだろう。この辺は人生を愛し生活を愛するフランス人ならでは…などと知りもしないけれど勝手に決め付けてレビューしてみることにしよう!
『壁抜け男』はタイトル通り壁を抜けられる能力を持った男の悲喜劇。でも能力に気付いて最初にやることが嫌な上司への嫌がらせという所がいじましい。中盤から大怪盗になるのはルパンの国フランスならではか?ちなみにこの作品は劇団四季によってミュージカル公演されている。また、この『壁抜け男』の銅像なるものがモンマルトルにあるのらしい。
『カード』は食糧不足から社会的貢献度の低い市民の存在を一定期間凍結することが決まった世界の物語。人々は月に何日、という形でしか存在を許されない。そこで生存期間を許すカードの売買が始まり…といったSF的なお話。人生を愛するフランス人には耐えられない話かも!?
『よい絵』は見ているだけで満腹感を得られる絵を描く事が出来る画家を巡る物語。ここでもアイディアそのものよりも主人公の画家を取り巻く人間模様にちょっと長すぎるぐらい多くの描写が割かれている。さすが芸術を愛する国フランス!
『パリ横断』はドイツ占領下のパリで闇市へ物資を運ぶアウトロー達の一夜の出来事を描いたお話。ここでも食いつめ者のエレジーとでもいうような物語が語られてゆく。ここはノワールの生まれたフランス!と言うべきか。
『サビーヌたち』はある意味究極の恋愛小説といえるのではないか。主人公サビーヌは貞節な妻であるが、なんと彼女は分身する能力を持っていた。彼女は恋をする度に分身を繰り返し、新しい恋人と暮らすのである。そして最後には6万人あまりにも増えたサビーヌがそれぞれの恋人達と甘い毎日を過ごすのだ!恋多き女、なんて言葉があるが、凄まじいばかりの恋の数!まさに恋の都、フランス!
『パリのぶどう酒』はぶどう酒が飲みたくても飲めない男のどたばた狂想曲。おおワインの国フランス!
『七里の靴』は骨董品屋の”七里を走る靴”に魅せられた子供達のファンタジー。そしてこの物語でも貧しい暮らしの中で陽だまりのように希望を求める人々の情感が中心に描かれる。おお、…兎に角フランス!