「冥王星が惑星じゃなくなるそうですね」
お昼休みであった。
昼飯の用意をしながら、職場のフォークリフト運転手、Tさんがオレに言った。
Tさんは黒澤明の時代劇に野武士の役で出てきそうな髭もじゃでワイルドな風貌のニイチャンである。
腰まである髪を辮髪のように編んでいるのが特徴だ。
「なんでも地球がサッカーボールだとするとビー玉ぐらいの大きさしかなくて、しかも氷の塊でしかないらしい。こんなもん惑星だなんて言っちゃ惑星の名折れだ、とか言う理由らしいですよ。(注:正確かどうかは知らない)」
「ほう。」
珍しく時流に乗った話題にオレは頷いた。
「その大きさの比較で言うと」オレは隣にいたA川君の方を向いて言った。
ちなみにオレの職場にはよく話題にするA君というのがいるが、彼とは別人で、A川君は金城武似の長身イケ面青年である。
「その大きさの比較で言うとだ。例えばオレという人間の人間性の大きさがオレの等身大だとしよう。するとA川君、君の人間性はバッタほどの大きさということが出来るな。」
「えええっ!俺バッタっすか!」
顔をしかめてA川君が叫ぶ。
「そうだ。これは比較の問題だが、それほど君とオレとでは人間性に開きがあるということだな。」と偉そうにオレ。
「バッタっすかあ…はぁ…。」
なにやら気落ち気味のA川君。
「しょうがないじゃないか。オレの偉大な人間性に匹敵しようなんて10年早い。」
「どうもすいません…。」
何か釈然とせずに意味も無く謝るA川君だ。
「その点で行くと、K君。」
机に座って成り行きを見ていたK君に矛先を変えるオレ。
K君はポリネシア系の顔とポリネシア系の体格をした巨漢である。
話が自分に振られると思っていなかったらしく、K君の表情に一瞬緊張が走る。
「あ、オ、オレですか。」
慌てて答えるK君。
「君はそのガタイだから、もう少し大きくてカブトムシといったところか。」
「あ、ありがとう御座います!」
嬉しそうにK君。
確かにバッタよりはましだ。
だがたかだかカブトムシで喜んでていいのかKよ。
「Kがカブトムシでオレはバッタなんですかああ…。」
納得できないといった顔でA川君が呻く。
「そうだ。しかしな。あのA君は」
ここでいよいよA君の登場である。
そういえばA君、今日は仕事中突然「フモさん、あの、便箋ないですかっ。」などと訊いてきた。
「便箋?」
手紙でも書くつもりなのか。
怪訝な顔で聞き返すオレにAは繰り返す。
「あのほら、書類に貼る、小さい紙。」
オレはちょっと考えて答えた。
「…。Aよ、それは便箋ではなくて付箋という名前のものじゃないのか。」
「…あ…。」
…このようなふざけた一齣を演じ、今日もお茶目さを発揮していたA君であった。
話を戻そう。
「A川君はバッタ。K君はカブトムシ。そしてA君は」
自分の机でもしゃもしゃと不味そうに彼のママンが作った握り飯を食っているA君にオレは語りかけた。
「Aよ、お前は蟻だ。アリンコだ。」
「ふぁい?(蟻?)」
口一杯に握り飯を頬張ったまま苦悶の表情で固まるA。
「ふぁいふぇふはあ?(蟻ですかあ?)」
悲しげにA君が呟く。
頬を飯粒で膨らませて。
「ああそうだ。お前は蟻だ。地味で小さな働き蟻だ!人間性が蟻程度の男なのだ!」
絶望に首をうな垂れるA。
「蟻め蟻め!冥王星のようにちっぽけな蟻野郎め!」
執拗に追撃を入れるオレ。
「ううう…。」
自分の正体が蟻と知り既に涙目のA。
しかしオレはすかさずフォローを入れてあげた。
「だがな、Aよ。バッタやカブトムシが死んじまったらそれを食うのは蟻なのだ。食物連鎖ではある意味上とも言えるのだ。Aよ、奴らの屍の上に君臨するのだAよ!」
「(ゴクリ)」
Aは食っていたものを飲み込んだ。
「でもカブトムシに踏み潰されたらお終いじゃないですか!」
食い下がるAである。
というか既に気持ちが蟻に入ってしまっている。
「ま、そういうこともあるかもな!わはは!」
もうどうでもよくなり投げやりに笑うオレ。
「蟻なんか嫌だあああ!」
そして今日も事務所にAの絶叫が鳴り響くのであった。