ベータ2のバラッド

ベータ2のバラッド (未来の文学)

ベータ2のバラッド (未来の文学)

国書刊行会未来の文学SFアンソロジー》、今回は「ニューウェーブSF篇」となっています。”ニューウェーブ”といっても60年代頃に提唱されたSFの手法で、当時はJ・G・バラードトマス・M・ディッシュらがその先鋒としてニューウェーブSFを執筆していました。それまでの「科学」「未来」「外宇宙」を題材にしたSFから脱却し、人間の内面や観念性を現実世界に投影した物語が描かれました。現在は文学的手法として当然のように描かれていることなので、そういうSFの歴史があった程度のこととして受け止めておけばいいと思います。*1


解説でも触れられていますが、やはりニューウェーブSFというとイギリスの作家が主であるようですね。イギリスSFはアメリカのものと比べると若干筆致が重圧なので、SF小説をよく読んでいた10代の頃は少し読み辛かった思い出があります。ただ、その作品の持つ暗い輝きは、当時のオレも別格な物として受け取りました。なかでもトマス・M・ディッシュ「人類皆殺し」(巨大な潅木が地球全て覆い人類が滅ぶ)やブライアン・オールディス「地球の長い午後」(人類が滅んだ数万年先の未来の物語)、J・G・バラード「結晶世界」(文字通り世界が結晶と化して終焉を迎える)は、その圧倒的な黙示録的ビジョンに、粟立つような驚嘆を覚えたものです。そのどれもが陰鬱な世界の終末を描き、そういえば10代の頃は小松左京復活の日」、筒井康隆「霊長類南へ」など、世界が破滅するSFばかり読んでいたような気がします。あの頃のオレにとってSFとは、世界の終わりを描く文学だったのです。(このアンソロジーではディレイニーエリスンはアメリカ作家です。)


では作品を紹介しましょう。

 
■ベータ2のバラッド/サミュエル・R・ディレイニー

数世紀前地球を離れた星間播種船12隻は、その後発見された時2隻が無人船と化していた。いったい何が起こったのか?
それにしてもタイトルがカッコイイ。物語は、宇宙アカデミーの学生が単位を取るためにこの謎を調査する、というものなのですが、その科目は音楽史だったりするところが面白い。つまり謎の事件にまつわる歌「ベータ2のバラッド」の歌詞を解析する、という物語なのです。この中で描かれるのは迫害する者とされる者、それらを止揚した新人類としての子供たちの姿です。この物語には黒人でありゲイであるという、二重にマイノリティであるディレイニーの、”祈り”に似たものがその底流に流れているような気がしてなりません。


四色問題/バリントン・J・ベイリー
「カエアンの聖衣」「禅銃(ゼンガン)」などで知られる”ワイドスクリーン・バロックSF”のバリントン・J・ベイリー、オレもこれらの作品は狂喜して読んだものです。その突拍子も無いアイディアには、「よくもまあこんなとんでもないことを思いつくなあ」と呆然とさせられたものです。この「四色問題」は数学的命題をタイトルにしたものですが、その内容はなんとびっくり、そのまんまウィリアム・バロウズ。「うわぁ全然意味わかんねえ!」と読みながら絶叫してしまいました。破格な小説であり、ある意味異色中の異色作といえます。


■降誕祭前夜/キース・ロバーツ
第2次大戦でナチス・ドイツ勝利を収めた別の未来世界を舞台にした物語です。同じ題材でP・K・ディックの「高い城の男」という名作がありますが、この物語ではクリスマスイブのイギリスで、”敵国”アメリカの陰謀の影におびえるイギリス人秘書の陰鬱と悲劇が、情感豊かな実にしっとりした文章で描かれています。全体主義国家を描いたディストピア小説としてもエスピオナージュ小説として読んでも傑作でしょう。未読なのですが同じ歴史改変SFの「パヴァーヌ」という作品が有名らしい。ちょっとこの長編も読みたくなりました。


■プリティー・マギー・マネーアイズ/ハーラン・エリスン
ニューウェーブ・ムーブメントへのアメリカからの回答、ハーラン・エリスン。暴力と詩情溢れる文章を得意とし、短編集「世界の中心で愛を叫んだけもの」が有名ですが、これを読んだ10代の頃はいまいちピンと来ませんでした。多分大人っぽ過ぎたからなんだと思う。しかし今この短編を読んでやはりとんでもない作家だったと言うことがわかりました。
ええとね。
すんごいぞおおおおお!!
ラスベガスを舞台に賭博と愛と孤独と死の運命を描いた作品なんですが、なんといっても暴走するようなドライヴ感が凄い。賭博と愛欲の興奮と恍惚と絶頂感が灼熱の坩堝となって畳み掛けるように描写されます!これSFじゃなくても傑作だわ!そしてアルフレッド・ベスターの「虎よ!虎よ!」(これって今考えると「ハイペリオン」だね!)のごとき踊るタイポグラフィ


ハートフォード手稿/リチャード・カウパー
天寿を終えた老婦人の残した遺産の中には奇妙な書籍があり、それは生前彼女が知り合いだったH・G・ウェルズの小説「タイムマシン」が実話だったと言う証拠だった。
時間SFではありますが、それにしてもイギリス作家の「タイムマシン」への拘りって独特のものなのでしょうか。クリストファー・プルースト「スペースマシーン」はH・G・ウェルズのパロディ、スティーブン・バクスターには「タイムマシン」の続編「タイムシップ」があり、イギリス作家の「タイムマシン」への偏愛ぶりが伺えます。


■時の探検家たち/H・G・ウェルズ
さて「ハートフォード手稿」でも触れられていたH・G・ウェルズの作品なんですが、これは「タイムマシン」の元となった短編らしい。H・G・ウェルズ自体はニュー・ウェーブとは関係ないのですが、編者の遊び心で収録されたらしい。「ハートフォード手稿」と合わせて読むことにより重層的に物語を楽しめます。


全体的にアイディアやストーリーのみならず文学的な匂いのする文章が目を引きました。そんな訳で「ベータ2のバラッド」、読み応えのある傑作揃いです。