さんちゃん三助三郎太

会社に”ケンジロウ”という名前の人間がいて、その人間の話をしていたら聞いていた新人君が「あ、俺名前ケンイチロウですよ」と言う。ケンイチロウ。ケンジロウ。こうなったらケンザブロウもあったほうがいい。と云うわけで横にいた後輩をつかまえて「あーお前。お前今日からケンザブロウだから」と勝手に命名してあげる。「や、俺ケンザブロウじゃないっすよ!」と抵抗する後輩であったが、「いいの。決めたから。君ケンザブロウに決定。」と聞く耳を持たないオレ。
それからというもの彼のケンザブロウ生活が始まる。朝な夕なに事あるごとにケンザブロウと呼ばれる彼。最初はエヘヘなどと可愛らしく苦笑いをしていたが、その内返事をしなくなり仕舞いにはむっとするようになってきた。どうやらケンザブロウがあまりお気に召していないらしい。オレは可哀想だと思い、「ケンザブロウが嫌なら三郎太はどうだ。三助とか。もっとフランクに”さんちゃん”と呼んであげてもいい。」と提案してあげる。後輩ことケンザブロウは眉をひそめ「いや、どれもイヤっすよ!」と渋い顔だ。
オレは考えた。彼は多分自分を一つのイメージで括られたくないのだろうと。ある時はケンザブロウであり、ある時は三郎太、そしてある時は三助であるような、フレキシビリティ溢れるアイデンティティを備えていたいと、彼は望んでいるのだ。変幻自在でありいつも様々な面を持ち合わせるコスモポリタンでありたいのだと。できるだけ彼の意を汲んであげたい。そう思ったオレは毎回毎回彼を違った名で呼んであげている。「さんちゃん、三助、三郎太」と。一応呼ぶと振り向いてくれるぐらいには進歩した。あとは彼がこれが本当の自分の名前だと思い込むだけである。