映画『オッペンハイマー』はクリストファー・ノーランの最高傑作だと思う

オッペンハイマー (監督:クリストファー・ノーラン 2023年アメリカ映画)

クリストファー・ノーラン監督の最新話題作『オッペンハイマー

クリストファー・ノーラン監督の新作『オッペンハイマー』は「原爆の父」と呼ばれたアメリカの物理学者ロバート・オッペンハイマーの半生を描いたものだ。アメリカで公開後凄まじい話題作となり大ヒットを飛ばしたが、日本では一部で皮相的なイデオロギー論争が起こり公開が危ぶまれていた所、本年度アカデミー賞最多7部門受賞という事もあってかようやく公開に漕ぎ付けた。

というわけでその『オッペンハイマー』を公開初日にIMAXで観てきた。『オッペンハイマー』を観るためだけに会社に有休を出した。アメリカでいったいどんな具合にこの映画が絶賛されたのかこの目で確かめてみたかったのだ。するとこれが、凄かった。ヤバかった。上映時間3時間があっと言う間だった。俳優、音楽、撮影、編集、どれをとっても一級品の素晴らしさだった。

オッペンハイマーの罪と贖罪

物語はオッペンハイマーが第2次世界大戦前後を通じて関わった原爆開発により、数奇な運命を辿る様を描いたものだ。戦況を有利に導くため、アメリカはドイツ(や当時は同盟国だったソ連)よりも早く究極兵器・原子爆弾を開発する必要があった。オッペンハイマーは物理学者としての知識を総動員して原爆開発に勤しむが、そこには「どこまでも理論を突き詰めてゆき最適解を得てそれが形となる事」という学者ならではの愉悦もあったのに違いない。

しかしそれが結果的に「大量破壊殺戮兵器」としてどれだけの惨禍を生み出すことになったかをオッペンハイマーが理解した時には全ては遅きに失していた。良心の呵責に苛まれるオッペンハイマーはその後の水爆開発に反対するが、政府にとってそれは軍拡競争の否定に繋がり、オッペンハイマーマッカーシズムの嵐に巻き込まれる形で弾劾されることになってしまう。

物語ではこういった形でオッペンハイマーの罪と贖罪とを適切な配分で描いている。それにより、オッペンハイマーが呪われた所業を成した男なのでは決してなく、物理学を突き詰めた先に結果的に原爆を生み出してしまった男なのだということを詳らかにする。原爆開発はオッペンハイマー一人が成したものではなく、歴史がそうさせたものでもあるからだ。

オッペンハイマーが存在しなくとも誰かが必ず原爆を生み出していただろう。その原爆は日本で使用されなくとも世界のどこかの国で必ず一度は使用されていただろう。それはヒトラーが存在しなくても大規模なユダヤ人排斥はヨーロッパで必ず起こっていただろうことと同じだ。オレは人間の歴史というのはそういうものではないのかと思うのだ。

クリストファー・ノーラン監督の最高傑作

映画においてオッペンハイマーを演じるキリアン・マーフィーは常に大きく目を見開き感情の読めない表情をしている。彼の周りで感情を爆発させる多くの登場人物とは対比的だ。その表情はどこか虚ろですらある。それは彼が現実世界ではなく理論と知識の中でのみ生きていたことを言い表しているかのようだ。原爆投下の苦悩の中でも彼の表情は虚ろであり、運命に翻弄される男の姿が痛々しく迫ってくる。大きなアクションがなくともキリアン・マーフィーの演じ方は物語に強い迫真性を持たせている。

サウンドトラックの使い方も的確であり、過不足なく映画を引き立ている。特に音響の扱いは絶妙だった。原爆実験の際の爆発の光線と爆裂音との時間差は強烈な緊張感を生み出していた。また、あたかも背景音のように常にガイガーカウンター放射線検出ノイズが横溢し、不気味さを醸し出す。核分裂反応や原爆爆発の特殊効果は抽象的な用いられ方をするが、扇情的なキノコ雲映像を用いるよりも深い印象を残す。

何よりも凄かったのは3時間に渡り一時たりとも緊張を絶やさない編集の妙だ。それにより、映画への素晴らしい没入感を得ることができた。アカデミー賞作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞・撮影賞・編集賞・作曲賞受賞、というのも納得の作品だった。これはクリストファー・ノーラン監督の最高傑作と断言していいのではないか。同時に、映画芸術の高みまで押し上げられた作品だと言っていい。そして隙のない完成度を誇る作品だからこそ、物語のテーマが観る者の心に深く突き刺さるものとなっているのだ。これは映画史に残る作品なんじゃないかな。

オッペンハイマー』が素晴らしかったのは、作品の完成度のみならず、クリストファー・ノーラン監督“らしさ”が全てにおいて見事に功を奏していた、監督の才能が遺憾無く隅々まで発揮されていたことへの賞賛もあるんですよ。