デヴィッド・ボウイ主演の小粋な恋の物語/映画『ニューヨーク恋泥棒』

ニューヨーク恋泥棒 (監督:監督 リチャード・シェパード 1991年アメリカ映画)

デヴィッド・ボウイというのも結構映画出演が多い人で、主演を演じた『地球に落ちてきた男』や『ラビリンス/魔王の迷宮』、『戦場のメリークリスマス』といった作品以外にも、チョイ役で夥しい数の映画に出演していたりする。

オレもそんなボウイのチョイ役映画の何作かは観たことがあるし、だいたいどんな映画に出ていたかも知ってはいるが、全部を追いかけた訳ではない。ボウイが出てくるのは確かに嬉しいし、ひとたび画面に登場すると強烈な存在感を感じさせはするけれども、それでもどこか「ロックスターの余技」、あるいは「映画の風変りな味付け」に見えてしまい、そこまで「映画俳優としてのデヴィッド・ボウイ」には注目していないというのがあった。

ところが最近、それまでまるで知らなかったボウイ主演映画が存在することを知った。タイトルは『ニューヨーク恋泥棒』、1991年公開のアメリカ映画だ。1991年のボウイといえばソロ活動を返上してロックバンド:ティン・マシーンを組んでいた時期だ。そしてティン・マシーンの時期といえば当時人気低迷気味だったボウイのキャリア模索期でもあった。1991年前後のボウイの映画出演作は1998年に『最後の誘惑』、1992年に『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』といった出演作があり、まあ要するに、そんな頃である。

ファンの方ならとっくに認知している映画なのだろうが、オレはまたぞろチョイ役映画だと思って見逃していたのだ。ところがこれが紛うこと無きボウイ主演映画だというではないか。いったい何!?どんな映画!?まあきっとニューヨークで恋泥棒する映画なんだろうけど!?……などとアタフタしつつ、DVDを購入して観てみることにした。

【物語】流行のクラブ・ダリ。そこで働く、マジシャン志望の美人ウエイトレスのルーシーに、イギリスから来たプレイボーイのモンティはグリーンカード目当ての偽装結婚を持ちかける。ふとしたことから親しくなった二人は、ルーシーの親友ヴィヴィアンと共に、クラブ・ダリの売上金を強奪する計画を立てることになる。

ニューヨーク恋泥棒 - Wikipedia

ボウイの役どころはスノッブなバーでウェイターをやっているプレイボーイのイギリス人モンティ。どことなくインチキ臭い風情を醸し出しており、何かワケアリの過去を持ってるようだが、本心をさらけ出すことがなく、微妙に信用できない男だ。バーに勤める主人公ルーシーにグリーンカード目当てで結婚を申し込むとか実に怪しげじゃないか。とはいえこの役柄、妙にボウイに合っている。ボウイがこれまで出演した映画の役どころはエキセントリックだったり孤高の人だったりしたものが多かったが、この作品での役はその辺にいそうな普通のニーチャンである。そしてこの「普通のニーチャン」を演じるボウイが妙に新鮮なのだ。

舞台となる90年代アメリカは史上最長の好景気に沸いていた時期だ。だからなんだかキラキラしたスノッブなバーが登場し、出入りする客もどことなくゆったりした余裕を感じさせる。バーテンダーのモンティや店のスタッフは銀色のお仕着せを着てて、バブルなんだなーという気にさせる。ヒロイン・ルーシーのライフスタイルも、別に小洒落たアパートに住んでいるわけではないけれども、どことなく自由なボヘミア風を感じさせ、奇術師になりたいという彼女の夢は、どこかフワフワと感じさせながら、決して非現実的ではなさそうに思わせる。

そんなルーシーとモンティの恋は、その気があるようなないような、くっつきそうでくっつかない、これまたフワフワしたものだ。恋も生活もなんだか夢心地で、夢を見てるみたいで、そしてそれが十分許されていた幸せな時代だったんだな、と思わせる。物語に最近の映画作品のようなキツさや暗さや喫緊の社会問題がないのだ。そんな物語の最初のハイライトは、ルーシー、モンティ、ルーシーの友人ジャネットによるバーの売り上げ強盗計画だったりするのだが、これまたコメディ・タッチで、まるで犯罪の匂いがしない、これまたフワフワしたものなのだ。

さらにこの映画、よく見ると配役が面白い。有名俳優がいるわけではないが、知る人ぞ知るといった中堅どころの俳優が並んでいる。映画を観ていて「あれ?この人どこかで見たことある?」という俳優が多かった。そしてこんな彼らの安定した演技と存在感が、映画をよりしっかりしたものに見せている。

まずヒロインのルーシーを演じるロザンナ・アークエットはかつてピーター・ガブリエルと浮名を流し、さらにTOTOメンバーと交際してヒット曲『ロザーナ』のタイトルともなった女優。ルーシーの友人ジャネット役が『ストレンジャー・イン・パラダイス』のエスター・バリント。バーの受付役が『愛は静けさの中に』『コーダ あいのうた』のろう者女優マーリー・マトリン。バーのオーナー役のバック・ヘンリーは映画『卒業』の脚本家であり、ボウイ主演映画『地球に落ちてきた男』では俳優として出演している。

デヴィッド・ボウイ主演作であること、手堅くまとまったストーリーと安定の演技を見せる出演陣、そして90年代アメリカを生きる男女のドリーミーな恋が描かれること、映画『ニューヨーク恋泥棒』は決して派手な映画ではないし、大傑作というつもりもないけれども、観終わった後に心に暖かいものが残る、素敵な逸品ということができるだろう。