『韓国ノワール その激情と成熟』を読んだ

韓国ノワール その激情と成熟 / 西森 路代 (著)

韓国ノワール その激情と成熟 (ele-king books)

容赦なき暴力と社会への批判的な視点――韓国ノワールの熱い世界! いまや世界で評価される韓国映画、そのなかでも大きな一角を締めているのが「韓国ノワール」とよばれる犯罪映画の一群です。 「香港ノワール」のリメイクに挑戦したり、韓流スターが出演するなど独自に展開してきた韓国ノワールは、韓国映画の特徴である「容赦のない暴力描写」と「社会に対する批判的な視点」により年々クォリティを上げ、『新しき世界』でひとつの到達点に達したと言ってもいいでしょう。

『韓国ノワール その激情と成熟』と題された評論集だが、著者が最初に述べているように韓国ノワールのすべてを網羅するというものでは無い。例えばパク・チャヌク監督作品『オールドボーイ』やポン・ジュノ監督作品『殺人の記憶』が無い。他にも韓国ノワールとして代表されるであろう幾つかの作品が抜けている。しかしこれをして不完全な論評だと言いたい訳ではない。これはカタログ的な論評ではなく、これまで韓国映画を追い続けてきた著者の実感と、その求める指標に基づいた映画作品を取り上げた論評集となっているのだ。

その指標とはタイトルにあるように韓国ノワールの「激情と成熟」である。まず著者が最も注視するのは韓国ノワールのエモーショナルな部分だ。もう一つ加えるなら「組織の中の人間」を描いた作品を多く取り上げている。そういった部分で、先に挙げた2作品のようなサディズムニヒリズムを中心的なテーマとする作品は取り上げられない。著者が注視するのはそんな韓国映画的なサディズム&ニヒリズムの、その先にあるエモーションであり、そのエモ―ションへと導く、人間それ自体の在り方、あるいは、組織の中における個人といった側面の変化なのだ。

そしてそういった、暗い「激情」に突き上げられた韓国映画が、その「激情」をどのように対象化しより洗練化された「成熟」へと向かってゆくのかを、公開当時の政治的文化的韓国事情を織り交ぜながら論評したのがこの著作となる。あくまでエモーションでありニヒリズムではないのである。例えばオレにはウェット過ぎると感じた『名もなき野良犬の輪舞曲』がここでは重要な作品として取り上げられる。著者がそのメロドラマ的な側面から取り上げるが、それもやはり作品の持つエモーションゆえだろう。

取り上げられる韓国ノワール作品は「現在のノワールの原型を作った」とされる『友へ チング』(2001)から『キングメーカー 大統領を作った男』(2021)まで、2022年公開の『別れる決心』にも多少言及がある。つまり2000年代の韓国映画ノワールの源流を見出しその成熟を追ってゆく、という形をとっている。そこでは「韓流 x ノワール」「香港ノワールから韓国ノワールへ」「女たちのノワール」といった切り口で様々な作品が取り上げられるが、オレが未見の映画も多々あり大いに参考になった。

全体を俯瞰してみるとそれまで胎芽として存在していた韓国ノワールがジャンル的に確立したのが『哀しき獣』(2010)『アジョシ』(2010)からと目されており、『新しき世界』(2013)を一つの変節点と捉えている視点が面白い。これは韓国興行収入の爆発的な伸びと関係しているのだという。そこに「因果応報」「勧善懲悪」「力(の構造)」といったキーワードで作品を切り分け、韓国ノワールの変化と成長を見出してゆく。紙数の制限もあったのか著者も「入れられなかった作品もあった」と書かれているが、いうなれば「韓国ノワール その序論」といった形で読むのであれば幾つもの発見がある著作だと感じた。