囚人ディリ (監督:ローケーシュ・カナガラージ 2019年インド映画)
最近日増しに気温も下がり、すっかり冬っぽくなってきたこの日本に、ホットな国インドから地獄の炎の如く暗く熱い超絶バイオレンス・ムービーがやってきたのである。タイトルは『囚人ディリ』、インドはインドでも南インド・タミル語の映画なのだ。華やかな歌や踊りも無く、ただただ黒々とした闇の中を、黒々とした男たちが黒々とした憤怒と激情に塗れ、血管ブチ切れ気味に闘争を繰り広げる映画、それが『囚人ディリ』なのだ。
物語の発端は警察の特殊部隊が犯罪組織から大量のドラッグを押収する部分から始まる。報復に打って出た犯罪組織はまず郊外のゲストハウスに集まる警官たちに毒を盛る。昏睡した警官たちを助けるには80キロ先の市街地にある病院まで搬送しなければならない。そこで白羽の矢が立ったのが拘留中の謎の男ディリ。しかしディリの運転するトラックに犯罪組織の刺客どもが次々に襲い掛かり行く手を阻む!
一方、市街地に建つ警察本部。ここにも犯罪組織の魔の手が迫っていた。警察本部にいたのは数名の大学生と赴任したばかりの田舎警官ただ一人。警察本部に籠城する彼らに血に飢えた暴漢どもが雲霞の如く群がり始めた!果たして彼らに生き延びる術はあるのか!?
物語はこのように二つの場所を舞台とし、それぞれに緊張感みなぎる攻防戦が火を噴き、肉唸り骨軋む壮絶な暴力の嵐が巻き起こるのだ。映画はこれをたった一夜の出来事としてノンストップで描いてゆく。
作品を言い表すのに映画評論家・江戸木純氏のこのツイートが最も的確だろう。的確過ぎてオレにこれ以上のことが言えないぐらいだ。
19日(金)公開の『囚人ディリ』は、『要塞警察』+『マッドマックス2』&『恐怖の報酬』な面白さ。つまり『リオ・ブラボー』と『駅馬車』というアクションの古典的名作のエッセンスを現代タミル語映画に蘇らせたインド映画ファンだけでなく全アクション・ファン必見の傑作。パンフに書きました。 pic.twitter.com/sGnUjYq84w
— 江戸木純(JUN EDOKI) (@EdokiJun) November 15, 2021
ジョン・カーペンター監督作『要塞警察』の如き警察署籠城のサスペンス、ジョージ・ミラー監督作『マッドマックス2』の如き狂気の暴走集団との追撃戦、ウィリアム・フリードキン監督作『恐怖の報酬』の如き命懸けの輸送ミッション。これらが混然となったアクションの合間に、謎の男ディリの秘められた過去、苦痛に満ちた現在が語られる。そしてひとたび戦いともなれば、あたかも鬼神が取り憑いたかの如きディリのウルトラ・バイオレンスが炸裂するのだ。その血腥さ、暗く燃える情念のさまはどこまでも凄惨を極め、怒り心頭に達したディリが疾風迅雷となって敵を次々と屠ってゆくアクションには劇場で思わず拍手喝采したくなったほどだ。
物語テンポ的には序盤がどうにももったりしており、また警察の腐敗体質やぞんざいな勤務態度、粗野な登場人物やどこの田舎だと思わせるインフラの粗雑さなど、大都会を舞台にした欧米アクションと比べると戸惑ってしまうシーンも多々ありはする。また、ディリの人生を巡るエピソードの在り方は過剰に感傷的に感じてしまう。しかしこのスマートさ皆無の泥臭さが逆に、暴力の生々しい恐怖と暴漢どもの底知れぬ非情さ、そして主人公ディリの噴火山の如き激情を観る者に叩き付ける。黒く、熱く、暗い、漆黒の闇の中で燻る溶岩の如き物語、それがこの『囚人ディリ』なのだ。