道しるべを無くした全ての者たちよ/映画『スタートアップ!』

■スタートアップ! (監督:チェ・ジョンヨル 2019年韓国映画

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あのマ・ドンソクが、ドンソク兄貴が、おかっぱ頭姿で映画に登場!?ドンソク兄貴にいったい何が!?予告編を観るとなにやらトッポイ兄ちゃん二人を愉快にシバキ倒しているドンソク兄貴のマブい笑顔が輝いている!?その姿はなんというか、珍獣……?このドンソク兄貴のビジュアルだけでも何が何でも観なければならない気にさせる映画、それが韓国映画『スタートアップ!』である。

物語の主人公は二人の落ちこぼれ少年だ。一人は母子家庭の金髪少年テギル(パク・ジョンミン)、もう一人はその親友でお祖母ちゃんと暮らす少年サンピル(チョン・ヘイン)。学校を辞め適当な生活を送る二人だったが、母親と衝突したテギルは家出して偶然見つけた中華飯店に勤めることに。しかしそこにはどうにも怪し気な風体のコック、コソク(ドンソク兄貴)がおり、事ある毎にテギルをいじり倒す!?一方サンピルは消費者金融の取り立て屋となって、社会の暗部を見る事になる。

『スタートアップ!』はまず、青春ドラマとして始まる。それは落ちこぼれでしかない不良少年二人が、社会の中でどう生きていくのかを模索し、時に手ひどく痛めつけられながら、次第に自分の居場所を見つけてゆく物語だ。最初はチャランポランな兄ちゃんでしかなかったテギルは、コソクとドタバタを演じながらも、中華飯店の人々の中に疑似家族を見出す。それは母子家庭では得られなかった家族の温もりだったろう。一方取り立て屋となったサンピルは、貧困の中で生きる者の過酷さと、そこに付け入る暴力を垣間見、裏社会の恐怖を体験することになる。すなわちテギルとサンピルは、底辺社会で生きる若者のコインの裏表なのだ。

映画はこの二人を軸としながら、さらに様々な人生模様が描かれることとなる。それは二人を取り巻く人々の、どこかで道しるべを無くしてしまったかのような、喪失や悔恨に満ちた人生だ。それはテギルの母ジョンヘ(ヨム・ジョンア)であったり、珍獣コック・コソクを始めとする中華飯店の人々であったり、テギルが出会う赤髪の家出少女ギョンジュ(チェ・ソンウン)であったりする。これらの人々が過去や現在にしがらみを抱えながらそこから抜け出し、やはり自らの居場所を見つけ出そうともがきまわるのだ。

こういった物語の背景にあるのは韓国の格差社会とそれが生み出す貧困問題なのだろう。また、サンピルの体験する裏社会と、珍獣コック・コソクの真の姿が抱える闇を描くことにより、主人公らをとりまく社会が一筋縄でいくものではないことも示しだされる。特に「覚醒したコソク」が解き放たれた時に生み出される、韓国映画十八番の熾烈極まりないバイオレンスは、ドンソク兄貴の独壇場であり、この映画のもう一つの見所であり山場となるのだ。

しかし物語はそういった社会の負の部分を浮き彫りにしつつも、単に暗鬱で遣る瀬無いものにしようとしない。そんな社会で、どう生き、どう手を取り合ってゆくのかを、主人公らの向こう見ずな若さと、そこから生まれるハチャメチャの笑いの中で描こうとするのだ。そうだ、例え遣る瀬無い人生であろうとも、上を向いて笑って生きようじゃないか。自分にできる事を、できるだけしようじゃないか。それがデコボコで、ポンコツな人生でしかなくとも、前向きであろうとするなら、きっと応えてくれる者がいる。そんななけなしの希望を謳った作品、それが映画『スタートアップ!』なのである。

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