デヴィッド・リーンの初期の作品『旅情』と『逢びき』を観た【デヴィッド・リーン特集その5】

■旅情(監督:デヴィッド・リーン 1955年イギリス・アメリカ映画)

f:id:globalhead:20200606115106j:plain

アメリカに住む独身女性ジェーン(キャサリン・ヘプバーン)が念願のヨーロッパ旅行に出かけ、最終目的地である水の都・ヴェネツィアで一人のイタリア人男性と恋に落ちる。しかしその男性レナード(ロッサノ・ブラッツィ)は妻子ある身だった、というデヴィッド・リーン1955年監督作『旅情』である。

なにより目を惹くのはこれでもかとばかりに美しく撮影されたヴェネツィアの情景だろう。オレもこれまで映画や記録フィルムでヴェネツィアの映像を見たことはあるけれども、ここまで魅了させられる映像は無かったかもしれない。それはただ単に名所や美景を羅列するのではなく、映画ならではのアングル、カット割り、光線、編集で見せてゆくのだ。当然これらの映像には、作品の主役たる二人の男女の心理情景も加味され、それゆえのロマンチックさなのだろう。

さてこの作品は単純に言うなら「不倫モノ」でしかないのだが、デヴィッド・リーンの手にかかると格段の文学性を感じさせるものになる。ジェーンは気が強く物事をはっきり言う典型的なアメリカ女として描かれ、一方レナードは人生と愛をあけすけに楽しもうとするこれも典型的なイタリア男だ。ここにもデヴィッド・リーンの「異文化とのコミュニケーション」が描かれるのだ。

恋に憧れながら自らの頑なさで恋を逃してきた女ジェーンは最初レナードを許さないが、人生を愛する彼の態度にいつしか心を開く。この恋は許されないものではあったが、レナードに人生を愛することを教えられたジェーンは、彼と別れ、そこからまた新しい一歩を歩み出すのだ。これもまた、人生の発見ではないか。ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞受賞作。

旅情 [Blu-ray]

旅情 [Blu-ray]

  • 発売日: 2012/06/08
  • メディア: Blu-ray
 

■逢びき (監督:デヴィッド・リーン 1945年イギリス映画)

f:id:globalhead:20200608081842j:plain

駅の待合室で出会った男女が恋に落ちる。しかし、二人は互いに配偶者を持つ者同士だった。そんな二人の狂おしい想いを描くのが1945年に公開されたデヴィッド・リーン監督作『逢びき』である。モノクロ。実際のドラマ構成は、二人の別れから始まり、その二人の出会いから別れまでを、主人公女性ローラ(セリア・ジョンソン)が回想する形で描かれる。そしてその回想は実は、夫への、声に出さない懺悔の形で行われるのだ。

回想における、ローラが出会った男性アレック(トレヴァー・ハワード)との心ときめく日々、それと同時に、嘘を重ねてゆくことへの罪悪感、それらがない交ぜになった心理描写がこの作品のメインとなる。つまり「不誠実ではあったが一線は越えなかった妻の懺悔」という形で、この当時の映画的なモラルとしてはギリギリに格調高い描写で押さえているような気がした。古い作品であり今現在観るとありふれたロマンス映画にも見えてしまうが、非常に抑制された感情表現の在り方にイギリス映画らしさを感じる事が出来るだろう。また作品内で描写される駅待合室(お茶や軽食を出すのだ)や映画館、レストランなどの風俗も観ていて楽しい。

しかし、それにしてもデヴィッド・リーンはなぜにこれほどまでに「不倫モノ」ばかり描きたがるのか。リーン監督自身が人生で6度の結婚を経験した恋多き男で、「恋に制約があることが許せない」ことが「不倫モノ」へと帰結させたのか。デヴィッド・リーンの多くの作品は「異文化とのコミュニケーション」で成り立っているが、非常にこじつけがましく書くけれども、「女性という他者=異文化」とのコミュニケーションの模索が、そもそもの原動力だったのではないだろうか。英国映画協会「イギリス映画100選」第2位、カンヌ映画祭グランプリ受賞。

逢びき [DVD]

逢びき [DVD]

  • 発売日: 2002/12/20
  • メディア: DVD