迫真の体感映画/『1917 命をかけた伝令』

■1917 命をかけた伝令 (監督:サム・メンデス 2019年イギリス・アメリカ映画)

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第1次世界大戦は戦車や銃、毒ガスや戦闘機など近代兵器を駆使した初の戦争として知られるが、無線技術はまだ不都合が多く、遠隔地との連絡は有線で繋ぐか伝書鳩や兵士を使っての伝令でもって行われることもあった。映画『1917 命をかけた伝令』はそんな、危急存亡の指令を託され死地へと乗り出した伝令兵士の物語である。

1917年、熾烈を極める西部戦線において、イギリス軍兵士ウィリアム(ジョージ・マッケイ)とトム(ディーン=チャールズ・チャップマン)はある任務を託される。それは明朝までに友軍である第2大隊にドイツ軍の待ち伏せ作戦を知らせると言うもの。有線も無線も使用不可能となり、人間による伝令が必要となったのだ。しかし、第2大隊までの道のりにはドイツ軍による様々な危険が用意されていたのだ。

物語は至極単純だ。ほぼA地点からB地点へ目指すだけの物語であり、ある意味物語ですらないと言っていいかもしれない。しかし実際観てみると、これが最初の想像を遙かに超える面白さだった。これはまず、撮影が徹底した長回しで行われていたことにある。それにより、戦場の恐怖と、兵士の緊張とが、途切れることなく観る者に伝わってきて、あたかも観客自らが、「第3の伝令者」となって兵士に随行しているかのような、恐るべき生々しさの中に放り込まれてしまうからだ。

この「長回し」については宣伝で「全編長回し」のような誤解を与えていたが、実際は「全編長回し……のような繋ぎ方をした長回し」ではある。しかし、撮影ロケーションはスタジオを含め6ヶ所あったというから、最低に見積もっても全編において6カットだけの作品である、ということもできる。今作は119分の作品だから単純計算で1カット20分X6の連続長回し作品として見てもいい。

勿論これはあくまでも憶測であり、実際のカット数やその時間を知るわけではないのだが、それでも、やはりこの長回しの連続が作品に驚くべき緊張感をもたらしているのは間違いない。その長回しにしても、技巧をこれ見よがしに誇示するものではなく、「いかに作品世界に観る者を没入させるか」という製作者のテーマがあったればこその技巧になっているのだ。

最初に書いたが、この作品は至極大雑把に言うならA地点からB地点へ目指すだけのものだ。だが、そのAからBへの距離の中にはありとあらゆる危険が潜み、ありとあらゆる恐怖とアクシデントが待っているのだ。さらにその途中には荒地と廃墟と夥しい死体とが横たわり、どこまでも陰鬱な情景が続くこととなるのである。

その道行きを主人公兵士の心理に寄り添いながら、あるいは一体化しながら、その恐怖を同時体験する、共有する、というのがこの作品の最大の醍醐味なのだ。そしてそこに余計な物語や人間関係が付加されないからこそ、否応無く戦場の恐怖と緊張に注視せざるを得なくなってしまうのだ。アトラクション・ムービーという言い方は語弊があるかもしれないが、あたかもFPSゲームをプレイしているが如き深い没入感と迫真性とを可能にした娯楽映画の真骨頂である、という見方は十分にできると思う。

映画技術のことをよく知らないまま長回しがどうとかと書いてしまったが、それにしても「こんなのどうやって撮ったんだ?」というシーンが頻出し、そういった驚きを楽しむことができる映画でもあった。はっとさせられるシーン、圧倒させられるシーンも多く、特に夜の廃墟を曳光弾が妖しく照らし出す場面の幻想味は、戦場の非現実性も相乗効果を生んであたかもシュールレアリズム絵画の如き映像だった。傑作である。