橋本治の『父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない』を読んだ

父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない/橋本治

父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない (朝日新書)

今年1月に亡くなった橋本治さんの本はこの間出た『思いつきで世界は進む――「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと』が最後なのかと思ったらまだあるのらしい。この『父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない』は「小説トリッパ—」で2017年秋季号から2018年冬季号で連載されていたものをまとめた時評集なのらしい。ちなみに7月には『黄金夜界』、8月に『お春』という小説が刊行される。

さてこの『父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない』は現在の日本の政治状況の体たらくとその根幹にある「男たちの論理」で作られた日本社会の終焉を「父権性の崩壊」を切り口に喝破した、実に橋本さんらしい時評集となっている。この橋本さんらしさは論旨展開のくどくどしさにも顕れるが、「言われなくても漠然とそういうことなんじゃないかと思っていたようなことを徹底的に例を挙げ連ねてはっきりさせる」というのが橋本さんの文章なので、「いつもの橋本節だあ」と楽しませるのだ。

さらに橋本さんらしさは論旨の寄り道と脱線の仕方にも顕れるが、橋本ファンにとってはこの「寄り道と脱線」が一番面白かったりする。なんといっても今回の「寄り道と脱線」は様々な映画作品を挙げている点で、一人の映画ファンであるオレにとっては実に楽しい。それはまず歴代『スター・ウォーズ』シリーズで、橋本さんは新3部作『フォースの覚醒』『最期のジェダイ』、そして『ローグ・ワン』まで触れているので楽しいったらありゃしない。

さらにスーパーヒーロー映画にも触れていて、ティム・バートン版『バットマン』やリチャード・ドナー版『スーパーマン』から始まり現在のDCEU作品『マン・オブ・スティール』『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』まで触れつつ、スパイダーマンあたりにもちらちら言及している。これら様々な映画作品は今回の時評集における「父権性の崩壊」を軸に取り上げられたものだが、橋本治独特の映画評としても思いもよらぬ切り口を見せており映画ファンにも一読の価値があるのではないか。特に「スーパーヒーローには(基本的に)父親がいない」という部分からの論理展開は括目すべきものがある。

この時評集ではこうして「父権性の崩壊」、「男の論理の終焉」を扱うが、返す刀で「じゃあ女はどうなんだろう?」ということにも触れている(そしてそれが『最期のジェダイ』におけるレイアやレイの活躍と重ね合わされる)。しかし橋本さんは別に「じゃあこれからは女の時代だ」と言ってるわけではなく、「「男の論理」の中で永らく支配されてきた女たちにはまだ「女の論理」は確立されえていない」と説く。そしてそこから女系天皇の歴史を説いてゆくクライマックスからが今回の醍醐味かもしれない。

例によって橋本さんなので、「これからはこうなるよ!」と結論を出すわけではなく、「もう全然違う時代がやってくるんだから覚悟しなよ!」と投げっ放しとなるんだが、この「変わってゆくし、変わってしまうんだ」というのが橋本流であり、実の所投げっ放しというよりは「全部説明したからあとは自分でしっかり見極めるんだ!」ということなのだ。

というか今回も思ったのだが、橋本さんの時評集というのはくどくどしさや脱線も含めた橋本さんの思考の流れと歴史から拾ってくる膨大な参照例の列挙を浴びることの楽しさだったりする。鋭い時評を述べながらも実の所最後まで橋本さんが「論客」めいたものではなかったのは、橋本さんが「論旨ありき」だけの人ではなかったからなのかもなあ、とちょっと思わされた。

父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない (朝日新書)