『未来世紀ブラジル』のさらに向こうにある幸福の未来〜映画『ゼロの未来』

■ゼロの未来 (監督:テリー・ギリアム 2013年イギリス/ルーマニア/フランス映画)


12モンキーズ』『未来世紀ブラジル』のテリー・ギリアムの新作が公開されるという。しかも主演が『イングロリアス・バスターズ』『ジャンゴ 繋がれざる者』のクリストフ・ヴァルツ、おまけに近未来SFだという。調べると2013年製作。日本公開が遅れたのはまあ諸般の事情ということなのだろうが、なにしろ全くのノーチェックだったので慌てて観に行くことにしたのだ。今回は若干ネタバレあり。
舞台はコンピューターがあまねく世界を席巻している近未来。主人公はコンピューター関連の大企業に勤める男、コーエン(クリストフ・ヴァルツ)。彼は辣腕エンジニアではあるが人嫌いの変わり者で、在宅勤務を望んだところあてがわれた仕事が「100%のゼロ」と呼ばれる定理を解析することだった。一人廃墟と化した教会でTVゲームまがいの装置を操り【究極の虚無】を探索する日々は索漠とし無為と徒労に満ちていた。そんな彼はある日、天才少年ボブ(ルーカス・ヘッジズ)、エスコート・クラブの女ベインスリー(メラニー・ティエリー)と出会い、少しづつ「生きることの意味」を見つけてゆく。
テリー・ギリアムアイロニーカリカチュア、そしてペシミズムの映像作家だ。それらの要素が余すところなく生かされた作品がかの『未来世紀ブラジル』だった。そして、この『ゼロの未来』を観たギリアム・ファンはきっと、「ああ、これは明るい『未来世紀ブラジル』だな」と気付くだろう。『ゼロの未来』にしろ『未来世紀ブラジル』にしろ、一見ペシミスティックな近未来社会を描いているように見えて、そこに描かれているものは「今現在」をアイロニカルにカリカチュアしたものだ。
この作品の珍奇でカラフルな街並みも、廃墟と化した教会という【オタク部屋】も、現実の諸相を位相を変えて描いたものに過ぎない。また、大昔のオーディオ・アンプみたいな【解析マシン】も、巨大浄化槽みたいな【ビッグ・ブラザー】も、実の所、「コンピューターという訳の分からないブラックボックス」のイメージ化に他ならないのだ。そしてこのようにカリカチュアされた【現実】の中で、主人公はシステムにより抑圧され、生きる意味を見失っている。それはつまり、現実に生きる多くの人間たちの問題を描こうとしていることに他ならない。
しかし、この『ゼロの未来』においては、『未来世紀ブラジル』的なペシミズムは後退している。後退どころか、ペシミスティックな現実の中から、なんと【生きる意味】【生きる希望】を模索しよう、なんて息巻いているではないか。
この『ゼロの未来』においても【敵】は巨大化し硬直化した社会システムである。それは主人公の、【ゼロ=虚無を追い求める】という文字通り無意味な責務からもうかがい知れる。巨大なシステムの中で人は一個の歯車となりその人間性は剥奪される。そんなシステムに反旗を翻しそして敗北するのが『未来世紀ブラジル』だったが、この『ゼロの未来』では主人公は最初からやる気の無い男であり、反旗を翻すなどという体力を消耗することなど考えずに、ヒロインのいるヴァーチャル・リアリティ・ポルノ・クラブへとひたすら逃避し、それによりはからずもシステムそれ自体から逃走することとなるのだ。この違いはなんなのだろう?
オレは個人的に、「世界を変えるには、自分を変えるしかない」と思っている。社会の抱える問題を具体的に変えてゆくことは重要だが、それよりも、【現実】という、実は主観的なものである存在を、その主観を変えることで変えてゆくことも、また重要なのではないかと思っている。そしてまた【生きる意味】という言葉は、設問の仕方が間違ったものだと思っている。端的に言うなら、生きていることには、一切意味などない。そうではなくて、その設問を、【自分にとって何が幸せなのか】という設問に変えるなら、その【生きる意味】はおのずと導き出されるものではないか。
作中において、主人公コーエンは、常に「人生の意味を教える電話」を待ち望んでいた。それは、自分の人生の意味が分からない、あるいは、意味が無い、と思いこんでいたことに他ならない。彼は【意味の無い人生】の中でもがき苦しみ、そしてまた、【意味】が付加されることでそれから解放されると思いこんでいた。そしてその【意味】は、全く彼に教えられることは無かった。なぜなら、そもそも、【意味】などなかったからなのだ。しかし彼は、ボブ少年との信頼関係、そしてベインスリーとの愛により、【幸福】を発見するのだ。【自分にとって何が幸せなのか】。それを発見したコーエンの現実の諸相は変わってく。それはシステムからの逃避であるかもしれない。しかしコーエンは悟ったのだ。システムなんか知らねえよ。愛する君がいるなら、俺は生きていけるんだ、と。幸福は、意味ではない。そして幸福は、常に自らの心の裡にのみあるものなのだ。

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