海と虎と少年のオデッセイ〜映画『ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日』

ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日 (監督:アン・リー 2012年アメリカ映画)


デヴィッド・ボウイの初期の作品に『Space Oddity』という名曲があります。なんらかの理由で地球との接続を失った宇宙船の飛行士が、宇宙空間から青く輝く地球を見上げ、その美しさに感嘆しながらも、「自分に出来ることは何も無い」と呟くという曲です。タイトルの『Space Oddity』はキューブリックの映画『2001:A Space Odyssey(2001年宇宙の旅)』をもじったもの。この『2001:A Space Odyssey』というタイトル自体、ホメロスの『オデュッセイア』から来たものなのでしょう。ホメロスの『オデュッセイア』は、「英雄オデュッセウストロイア戦争勝利の後に凱旋する途中に起きた、10年間にもおよぶ漂泊が語られ*1」たものですが、「漂泊の叙事詩」として新たに名作として名を連ねるだろう作品がこの『ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日』なんです。
単刀直入に書くと、素晴らしい映画でした。海難事故により海に投げ出された少年が、たまたま一緒にボートに乗ってしまった虎と227日間海を漂流する、というタイトル通りの映画なのですが、ここで描かれるイメージの数々がひたすら美しいんです。IMAX3Dで観ましたが、3D作品として計算されつくされた効果と表現の豊かさは『アバター』に匹敵する成功した例といっていいでしょう。登場する動物たちの生き生きとした動き、時に荒れ狂い、時に沈黙する海の光景、その海から現れ、海中を、また海上を飛び去り泳ぎ去ってゆく魚たちや鯨、朝に夕に、そして夜へと表情を変えてゆく空と雲、それら全ての、鮮やかで幻想的な色彩、それが、圧倒的な存在感とリアルさで眼前に飛び込んできます。この醍醐味を最大限味わえるのはやはり3Dでしょう。これから観られる方は是非3Dでの鑑賞をお勧めします。
実は自分、きちんとした原作のある厳然たるフィクションなのにもかかわらず、この物語を実話ドラマだと勝手に思い込んで観ていたんですよ。227日間の漂流を生き延びる、というだけならまだしも、恐ろしい虎と一緒だなんて、あまりに突飛な設定なので、逆に現実にあったからこそなのかな、と誤解していたんです。この虎は動物園から船で移送する途中だったものが救助ボートに乗り込んできたのですが、誰に見つけれらることも無く海を漂流するだけでも大変なサバイバルなのに、そこにいつ自分を襲うか分からない虎が一緒にボート乗っている、というのは、二重にサバイバルを強いられるということなんですね。
ひとつのボートで獰猛な虎とどのようにして共生するのか、ここで繰り広げられる様々な手段はどれも緊迫感に満ちたものですが、同時にとても現実的な方法を試行錯誤していて、設定が突飛なのにリアリティがあるんですよ。それと同時に、主人公パイ少年は、決して虎を海に放り出して亡き者にしようとしない所がこの物語を面白くしているんですね。最後まで決して意志を通じ合わせられないのにもかかわらず、それでもかけがえのない生であるということだけから主人公パイは虎との共生を選びますが、それが困難であるからこそ、逆にパイは生きることへの意思を強固にしてゆく、という部分にとても感銘を受けました。
いつ死が訪れるのか分からないギリギリの状況と、そんな状況の中でも決して希望を失わずに生きていこうとする意志、そしてその過酷な生を際立たせるのが、少年と虎が漂流している際に出会う、海の上での様々な出来事です。暗い海底に没した船が音もなく瞬かせる明かり、凪となり鏡面のように夕暮れの空を映し出す海、夜光虫の群れが電飾のように輝く夜の海、巨大な鯨が海面から躍り出る光景、海面を飛び交うトビウオの群れやイルカたち、そして少年と虎が流れ着いた不気味な島。そのどれもが力強いファンタジックな映像で圧倒的なまでに描き切られているのです。世界は美しく、荒々しく、そして驚異に満ちている。その中にいる自分は、宇宙に投げ出された宇宙飛行士のようにあまりにも無力だ。生命に満ち溢れた自然と、その中で死と隣り合わせに生きる生、その対比が、生きることのかけがえなさを、より一層鮮やかに、輝かせているのです。そしてなにより、あの思いも寄らない、深い衝撃を孕んだラストのあり方は、この映画を観た者の記憶に深くいつまでも余韻となり残り続けることでしょう。

パイの物語(上) (竹書房文庫)

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パイの物語(下) (竹書房文庫)

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LIFE OF PI

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Space Oddity: 40th Anniversary (Spec) (Dig)

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