過酷な格差社会に生きる少年と少女の出会いを描いたSF小説『シップブレイカ−』

■シップブレイカー / パオロ・バチガルピ

シップブレイカー (ハヤカワ文庫SF)

石油資源が枯渇し、経済社会体制が激変、地球温暖化により気候変動が深刻化した近未来アメリカ。少年ネイラーは廃船から貴重な金属を回収するシップブレイカーとして日々の糧を得ていた。ある日ネイラーは、超弩級のハリケーンに蹂躙された後のビーチに、高速船が打ち上げられているのを発見する。船内には美しい黒髪と黒い目をした少女が横たわっていた……。『ねじまき少女』でSF界の頂点に立った新鋭が描く冒険SF。

地球環境悪化とテクノロジーの暴走により異様なパラダイム・シフトを遂げた近未来を描く『ねじまき少女』の作者、パオロ・バチガルピの第2長編である。物語の舞台は石油資源の枯渇、温暖化による水位上昇により壊滅的な打撃を受けたアメリカ。主人公は廃船から金属資源を回収して日銭を稼ぐ最下層民の少年ネイラー。超大型のハリケーンがコロニーを襲った翌朝、ネイラーは富裕層の高速船が浜辺に大破して打ち上げられているのを発見し、ただ一人生き残っていた美しい少女ニタを救い出す。しかしネイラーのコロニーは人身売買や臓器売買をなんとも思わない非道な集団が牛耳っており、さらにニタから彼女の財閥内で謀反を企てた集団に命を狙われていることを聞かされ、ネイラーはニタを守るためコロニーを抜け出すことを決意する。そしてネイラーとニタは遺伝子改良された半人のトゥールとともに水没都市オーリンズを目指すが、そこには既に追手が迫っていた…というもの。
最初に書くとこの物語はヤング・アダルト向けに書かれた作品で、それなりに暗さはあるものの『ねじまき少女』にあるようなドロリとした陰鬱さや陰惨さはあまり目立たず、どちらかというとライトな作風の物語として出来上がっている。お話は基本的に言えばボーイ・ミーツ・ガール・ストーリーであり、様々な苦難を乗り越えて少年が少女を守り抜く、といったどこか宮崎駿アニメを思わせるような展開となっている。しかしそこはさすがにバチガルピ、少年が暮らしていたコロニーの貧困にあえぐ生活のありさまや、その中で荒みきった心を持ち暴力を振るう大人たちの存在を描き、さらに彼らを搾取する富裕層との格差社会をまざまざと浮き彫りにしている。ヤング・アダルト作品とはいえ、バチガルビの生み出す世界はやはり救いの無いどん詰まり感に満ちた過酷な世界で、そこに生きる人々は常に窮乏の只中にあり、そしてそこを抜け出そうとあえぐのだ。
主人公ネイラーが助けようとする少女ニタも絵に描いたような清純明朗なヒロインというわけではない。ネイラーに感謝しつつも心から信用するわけではなく、富裕層なりの慇懃な態度は意識せずとも自然に出てしまう。そんなニタとネイラーが対立することさえある。正直読んでいて、この二人が結ばれてハッピーエンドなんてないんじゃないのか?と思うほど、生きる世界の違う二人は噛み合わない。ただ、やはりヤング・アダルト作品だな、と思わせるのは、そんな二人が、それでも生き残るために協力しあい、相手を信頼することを誓い、様々な困難に打ち勝とうと努力することだろう。やはり基本は希望であり、明日を生き抜くことなのだ。しかし考えてみれば『ねじまき少女』でさえ、その根底にあったのは絶望的な世界でそれでも生き抜こうとする人々の姿だった。瀕死の未来でどんな汚い手を使っても「取りあえず命のあったもんの勝ち」みたいなバイタリティが存在する世界だった。『シップブレイカー』はそんなバチガルピ小説の上澄みだけをすくったライトな小説ではあるが、新しいテクノロジーと激変した環境が生み出す搾取層と貧困層格差社会というテーマへの追及はやはり変わっておらず、そしてまたそんな中で生きる貧困層への共感は同じように存在するのだ。

シップブレイカー (ハヤカワ文庫SF)

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ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

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ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

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第六ポンプ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

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