居心地の悪いアンソロジー〜『居心地の悪い部屋』

■居心地の悪い部屋 / 岸本佐知子・編訳

居心地の悪い部屋

居心地の悪い部屋

不条理な暴力の影に見え隠れする計り知れない大きな感情、耐えがたい緊迫感、うっすらと不安になる奇想などなど。編者のダークサイドのアンテナが強烈に反応した異形の作品だけを選りすぐったとっておきの短編集。

翻訳家の岸本佐知子氏が自ら選んだ「うっすら不安になるような小説」のアンソロジーである。収められた短編は全てが海外作家のもので、個人的にはアンナ・カヴァン以外に知っている作家はいない。
そしてこれが、じわじわと、面白い。ゾッとするもの、シュールなもの、ユーモラスなものまでバラエティに富むが、やはりどの作品も読み終わった後に何か釈然としない不条理感や居心地の悪さを感じさせるものばかりだ。それはどこか公園でみんなで遊んでいてたのに気付いてみれば宵闇の公園には自分がただ一人いるだけだった、といった悪夢めいた不安感に似ている。物語はどこか異様なシチュエーションが描かれ、または進行してゆき、そしてそれは唐突に、何一つ解決しないまま終幕を見せるが、そこには理由も、説明もない。なぜなのか、どうしてなのか、何もわからないまま読者は宙ぶらりんのまま捨て置かれる。
ざっくり作品を紹介。いきなり瞼を縫い合わされる描写から始まる「ヘベはジャリを殺す」、この世ならざる地を彷徨っているとしか思えない母から来る電話「来訪者」、建築で眠りを表現する会話が成されるだけの「どう眠った?」、朝起きると両足が取れていた女の不条理劇「分身」、死んだ自分の娘を目の当たりにしながら平然と日常を営む父親の行動を描く「父、まばたきもせず」、どこか嫌な雰囲気の潜水夫に沖合いで立ち往生した妻と子の乗る船の救出を頼む羽目になった男「潜水夫」、いびきを録音しようとテープレコーダーをセットしたらありえない音が入っていたことを発見した男の恐怖「ささやき」、ケーキを棚に並べて食べるだけのことに分裂症的な妄想が膨らんでゆく女「ケーキ」。どれも何かが欠けていたり何かが過剰であったりする物語ばかりだ。
そしてこの作品集の白眉となるのはアンナ・カヴァンの「あざ」だろう。地方の寄宿学校に入れられた少女の不安と孤独からはじまるこの物語は、悪寒さえ感じさせるような残酷なラストを迎える。なぜ?どうして?そんなことは誰も教えてくれない、あるのはただ、理由も無い不安だけなのだ。