■チリの地震―クライスト短篇集 / ハインリヒ・フォン・クライスト
チリの地震---クライスト短篇集 (KAWADEルネサンス/河出文庫)
- 作者: H・V・クライスト,種村季弘
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2011/08/05
- メディア: 文庫
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17世紀、チリの大地震が引き裂かれたまま死にゆこうとしていた若い男女の運命を変えた。息をつかせぬ衝撃的な名作集。カフカが愛しドゥルーズが影響をうけた夭折の作家、復活。佐々木中氏、推薦。
著者であるハインリヒ・フォン・クライストは18世紀から19世紀にかけてドイツで活躍した作家・ジャーナリストである。彼はおそろしく不遇な人生を送ったらしく、その作品が評価されるようになったのは没後からであったという。この『チリの地震―クライスト短篇集』には「チリの地震」「聖ドミンゴ島の婚約」「ロカルノの女乞食」「拾い子」「聖ツェツィーリエあるいは音楽の魔力」「決闘」の6編の短篇小説と「話をしながらだんだんに考えを仕上げてゆくこと」「マリオネット芝居について」の2編のエッセイが収められている。
ここに収められたクライスト作品の特徴は苛烈で残酷な運命の中を生きる人々とそれを描く硬質で屹立した文章だろう。クライストの小説から感じるのは近世ヨーロッパの陰鬱さと寒々しさだ。18世紀後半の一般にはそれほど名の知られていないドイツ作家とはいえ、描かれる作品世界は今読んでも十二分に興奮と緊張感に満ち、読んでいて少しも古臭さも退屈さも感じなかったばかりか、他の作品も読んでみたくなるほど面白かった。
それではざっと作品の紹介を。「チリの地震」は不貞により死罪を言い渡された男女が大地震により監獄を脱出、しかしその後二人を待つ残酷な運命を描く。この物語で繰り広げられる苛烈さはあたかも中世の銅版画を見せられているような陰惨さに満ちている。「聖ドミンゴ島の婚約」は黒人奴隷蜂起により白人たちが次々となぶり殺しされている聖ドミンゴ島において、黒人住居に一夜の宿を請う白人と主の黒人との虚々実々の駆け引きが恐ろしい緊張感を孕む作品。「拾い子」は拾われた身でありながら放蕩息子と成り果てた男が義父の財産と義母の肉体を狙うというこれもまた苛烈な話。「聖ツェツィーリエあるいは音楽の魔力」は聖像破壊運動として教会を襲った兄弟がそこで奏でられる音楽の法悦に発狂するという話。
「決闘」は領主暗殺に端を発する弾劾が二転三転、被疑者が挙げたアリバイにより不貞を疑われ放逐された娘と彼女を哀れに思う公爵が被疑者との決闘に挑む、という目まぐるしい展開の作品。これなどは先の読めないストーリーに非常に興奮させられた。時代を超えた名短編集ということができる本作品、興味の湧いた方には是非お薦めしたい。
■火山の下 / マルカム・ラウリー
火山の下 (EXLIBRIS CLASSICS) (エクス・リブリス・クラシックス)
- 作者: マルカム・ラウリー,斎藤兆史,渡辺暁,山崎暁子
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2010/03/26
- メディア: 単行本
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ポポカテペトルとイスタクシワトル。二つの火山を臨むメキシコ、クワウナワクの町で、元英国領事ジェフリー・ファーミンは、最愛の妻イヴォンヌに捨てられ、酒浸りの日々を送っている。一九三八年十一月の「死者の日」の朝、イヴォンヌが突然彼のもとに舞い戻ってくる。ぎこちなく再会した二人は、領事の腹違いの弟ヒューを伴って闘牛見物に出かけることに。しかし領事は心の底で妻を許すことができず、ますます酒に溺れていき、ドン・キホーテさながらに、破滅へと向かって衝動的に突き進んでいく。ガルシア=マルケス、大江健三郎ら世界の作家たちが愛読する二十世紀文学の傑作、待望の新訳。
1930年代のメキシコを舞台に、あるアル中男の破滅を描いた物語である。冒頭の、男の死を思い返す友人たちの章を別にすると、物語は男の生前の、たった1日に起こったことのみを描いている。物語は、職を辞したままメキシコに居残る元英国人領事と、その領事と離婚はしたものの復縁を望んで再びメキシコの地に戻ってきた元妻と、領事の弟であり、領事の元妻に恋心を抱く風来坊の男との3人が主人公になり、この3人を交互に語り部にしながら進んでゆく。
しかしこの物語の主軸となるのは、そこで「起こったこと」なのではなく、そこに登場する主要な3人の人物たちの、「意識の流れ」を描くことにある。登場人物たちは物語の中で、回想し、逡巡し、悲嘆し、悔恨し、希望し、絶望する。そして意識の流れは、ひとつの事柄から、また別の事柄へと、想起と関心を移ろわせながら流れてゆくがために、読む者は、暗く奥深い迷宮の中に放り込まれたような心細さを感じながら物語を読み進めてゆくことになる。
さらにこの物語を特殊にしているのは、作者による膨大な情景・心理の書き込み量だ。ほんの1行もあれば表現できるようなことを、この物語では10数行を費やして描写してゆく。その描写がまた、豊富な語彙と詩的な比喩が重層的に重なり合う恐るべき代物で、こういった練りに練った文章が延々と続くために、正直、読み難い、というか、読んでいて相当体力を消耗する。実は読み終わるのに息抜きに他の本を時々読みながら、数ヶ月掛かってしまった。
そういった文章そのものの物凄さのせいなのか、アル中男の破滅という、個人的にはあまり食指の動かないテーマの物語を、気圧される形で読んでしまった。特に、アルコールで徐々に混濁し幻想と記憶の残滓と現実の情景とさらにアルコールによる記憶喪失とが交錯する意識の流れをそのまま描いた後半は、あたかも煉獄で責め苛まれる亡者の苦悶を体験させられているかのような鬼気迫るものだった。
■T・S・スピヴェット君傑作集 / ライフ・ラーセン
- 作者: ライフ・ラーセン,佐々田雅子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/02/19
- メディア: 大型本
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モンタナに住む十二歳の天才地図製作者、T・S・スピヴェット君のもとに、スミソニアン博物館から一本の電話が入った。それは、科学振興に尽力した人物に与えられる由緒あるベアード賞受賞と授賞式への招待の知らせだった。過去にスミソニアンにイラストが採用された経緯はあるものの、少年はこの賞に応募した覚えはない。これは質の悪いいたずら?そもそもこの賞は大人に与えられるものでは?スピヴェット君は混乱し、一旦は受賞を辞退してしまう。だがやがて、彼は自分の研究に無関心な両親のもとを離れ、世界一の博物館で好きな研究に専念することを決意する。彼は放浪者のごとく貨物列車に飛び乗り、ひとり東部を目指す。それは、現実を超越した奇妙な旅のはじまりだった。アメリカ大陸横断の大冒険を通じて、自らの家族のルーツと向き合う天才少年の成長と葛藤を、イラスト、図表満載で描き上げる、期待の新鋭による傑作長篇。
天才少年T・S・スピヴェット君がモンタナの片田舎からスミソニアン博物館のあるワシントンDCへと一人ぼっちの無銭旅行をする物語である。相方さんから借りて読んだのである。物語はなんでも表や数字にしなければ気がすまない天才少年スピヴェット君の様々な図説が盛り込まれ、それらが文章欄外に多数描かれている。その為、大部な製本の本となっており、持ち歩きが面倒なばかりか、値段もちょっとしたものだったりするのが結構ネックかも。
また、主人公が天才少年であることから、言うことがいちいちこまっしゃくれていて可愛げが無いということが、読んでいてちょっとナニだった。十二歳の天才地図製作者とはいえ、自分の好きなこと言ったりやったりして得意になっているということに関しては、電車の駅全部言えるようなオコチャマとレベル的にたいした違わないわけで、それがアカデミズム寄りだったかどうかということなんじやないのかな。そもそも物語自体にアカデミズム礼賛の臭いがして、なんだかそんなコンサバティブさがやはりちょっとナニだった。あと自分の母親をちゃんと名前で呼ばない気取り方とか、スミソニアン博物館に辿り着いてから家族は全員死んだとか嘘言ったりとか、そういうのがええとやっぱりちょっとナニでした。
お話は、こういう生意気なクソガキが現実に鼻っ柱折られてあれこれ目覚めることを主題にしたほうがよかったと思うんだけど。ホーボー・ホットラインとかスミソニアンの秘密結社とか、広げたらもっと面白そうなネタは幾つかあり、その辺を膨らませてくれたらもっと面白い作品になったと思うな。