■トライアングル (監督:クリストファー・スミス 2009年イギリス・オーストラリア映画)
海洋不条理ホラー『トライアングル』です。映画は冒頭、幽霊船と化した大型客船に乗り込んだ遭難者たちと、彼らの命を奪う殺人鬼というよくあるスラッシャーホラーとして始まります。しかし、映画の主題はそこではありません。この物語、なんと、殺されたはずの遭難者たちが最初と同じシチュエーションでまた船に乗り込み、そして惨劇が終わり無くループするんです。
物語:ヨットセーリング中に嵐に巻き込まれて遭難し、海を漂流していた5人の男女。彼らは航行中の大型客船を発見し、からくも乗り込むものの、その客船には人影が無い。奇妙に思った彼らは船内の探索を始めるが、突然ズタ袋を被った異様な人物が現れて襲い掛かり彼らの命を次々と奪ってゆく。主人公ジェス(メリッサ・ジョージ)は殺人鬼と格闘の末これを海に叩き落し、ただ一人生き残る。ただ、この殺人鬼は、絶命の間際奇妙なことを口走る。「彼らが乗り込んできたら、全員殺せ」と。そして、ジェスが目にしたのは、難破したヨットから助けを求める自分たちの姿だった。
この映画、以前『ナマニクさんの暇つぶし』で紹介されていて、とても気になっていたのですが、なんと日本公開が決まり、非常に楽しみにしていたんです。そして実際観たところ、期待に違わぬ秀作サスペンス・ホラーでした。
映画は冒頭から不穏な伏線を張り巡らします。主人公ジェスの挙動不審な態度。その彼女が見る不思議な夢。ヨットの無線に入る助けを求める声。沿岸警備隊でさえ確認していない嵐の到来。そして命からがら乗り込んだ客船の曰くありげな船名。ジェスが船の中で見つける自分の鍵。客室の鏡にかかれた血文字。そして船の床に点々と続く得体の知れない血痕。これら、現実というよりはどこか白日夢か悪夢のような描写が続き、そしてその悪夢は、自分を除いた全員が殺されたのに、その彼らが最初と同じように遭難したヨットから客船に乗り込んできて、その彼らがまたもや謎の人物に惨殺され始める、といった形になっていよいよ不条理の度を増してゆくんです。
ジェスはこのループを断ち切ろう、そして生きて陸に戻ろうと奮戦するんですが、早い段階で恐ろしい事実に直面しているんですね。それは実は殺人鬼の正体がXXXだからなんですね!そして自分もこの無間地獄の中で何度も生きたり死んだりしていることを知るんです。
無間地獄に落ちる主人公を描いたこの映画、何故主人公がこういった状況に至ることになったのかは描かれないし、また、それを説明しないほうがミステリアスな雰囲気を残したまま映画を終わらすことが出来るのでこれで正解なんだと思います。だから以下に書くのはこの映画が何故「無間地獄」を描いたかということへの自分の想像であり解釈です。
※以下激しくネタバレしているので畳んでおきます。これから観られる方は読まないほうがいいかも。
まず何故「無間地獄」なのか?ということです。それは、何故人は地獄に落ちるのか?ということを考えると分かるでしょう。地獄に落ちること、それは人が罪悪を犯したからです。そしてその人間が、それによって罰せられているからです。さらに、その罰せられている人間は、既に死んでいるということが考えられます。主人公ジェスは自閉症の子供を持っており、その子育てに疲弊し、我が子に対して苛立っている様は冒頭から描かれています。ヨットセーリングに行くという、たまさかの息抜きであったその日の朝も、彼女の息子は絵の具をこぼし、怒り狂った彼女は息子を折檻してしまいます。そのまま二人はヨットの待つ港へと向かいますが、実はこのとき、交通事故を起こして二人は死んでしまったんじゃないでしょうか?この描写は、映画後半の交通事故のシーンのそれです。この後半のシーンは
1.息子を折檻する"自分"を殺し、それを車のトランクに詰め、その車で息子と共に港に向かうが、交通事故を起こし車は横転、息子を死なせてしまう
2.トランクに詰めた"自分"の死体と息子の死体は道路に投げ出され、この二人が事故の被害者だとまわりからは見えるが、実際事故を起こしたはずの自分は生き残っており、それを見つめている
3.自分は、タクシーの運転手に声をかけられ、港に向かう。タクシーの運転手は「いつまでも待つよ」と主人公に告げる。そしてシーンは映画冒頭に戻り、物語はループしはじめる
というふうに組み立てられていますが、実際は:
1.事故を起こして二人は死んでしまい、そして死んだジェスの霊がそれを見つめている
2.ジェスの霊は息子を折檻したことと死なせたことで罪悪を感じている
3.そしてその罪悪感が、無間地獄の扉を開いてしまう
4.こうして永遠のループが始まる→冒頭
ということだったんじゃないでしょうか。無間地獄に落ちたジェスはループの果てに「息子を折檻する"自分"」を殺しますが、しかしそれでもまだ「息子を死なせた"自分"」という罪は消えません。彼女の罪悪感はそれだけ重く深いものだからです。そして"地獄"とは、実は自らが作り出すものだからです。ここで気になるのは、彼女を港に送り届ける"運転手"の存在です。霊となって茫然自失に陥る彼女に声を掛け、タクシーなのに料金もとらず、あまつさえ「いつまでも待つよ」と告げる、奇妙な"運転手"。実はこの"運転手"こそが、ジェスを地獄に落とした、冥界の使者だったのではないでしょうか。