■ウォッチメン (監督:ザック・スナイダー 2009年アメリカ映画)
スーパーヒーローが実在するもうひとつの世界。正義の味方として活躍していた彼らは政府のヒーロー廃止法によりその活躍の場を奪われ、それぞれが引退、または合衆国の特務機関員として新たな人生を歩んでいた。そんな中、かつてヒーローだった一人の男が殺される。そして世界では核戦争の危機が間近に迫っていた。
アメリカン・コミックの金字塔と謳われる『ウォッチメン』の映画化作品。かつてフランク・ミラーのグラフィック・ノベル『300(スリー・ハンドレッド)』を映画化し絶賛を浴びたザック・スナイダーによる監督作品である。原作コミック『ウォッチメン』はつい最近日本でも再刊され、好評を博しているようだが、映画はこの原作をかなり忠実に映像化することに成功している。原作コミック『ウォッチメン』の感想はここで書いたのだけれど、物語それ自体の感想はここで述べたこととあまり変わりは無い。
大部であり複雑に構成された原作を162分の映像に纏めることは相当の労力を費やしたことと思う。映画では一部の原作エピソードが省略されていたりするのは致し方ないだろうが、決定的に違うのはラストの大規模なカタストロフの展開だろう。これは原作ファンにも好意的に受け止められることと思うが、映像的にかなりダイナミックかつ悲劇的な展開を見せるこのラストは、原作のラストへの疑問も同じように引き継いでしまい、これをどう受け取るかで作品の評価が変わってくるかもしれない。
さらに原作よりもバージョンアップしているのはその徹底的にリアルで残酷な暴力描写や性表現、それに伴う物語の暗く深いインモラルな世界観だ。そもそもこの『ウォッチメン』は"コミック・ヒーロー"なるものをいかに現実的に描くことが出来るか、それにより、"正義とは何か"という問い掛けが、どれだけ現実において有効なのか、といったことに対する挑戦であるような物語であったが、生々しい血と暴力の映像は、それを一層強烈に描写することに成功している。
正義の名の下にイリーガルかつ徹底的な暴力を遂行する彼らヒーローたちは、自警団という名目こそあれ実はリンチ集団と変わりはしない。そして時には戦争協力として敵国の人民を殺戮し、さらに治安維持と称して自国の市民を弾圧する彼らは、単なる体制側の走狗でしかない。しかしそれは見方を変えるならば、ある種の"正義"の一面でもある。さらに、愛を求め、愛に傷つき、自らの立場に困惑し、"正義"の在り方に迷走し、己がルサンチマンに引き裂かれて咆哮するさまは、"正義のヒーロー"ではなく、生身の人間の"業"そのものを背負った存在でしかない。
それらは、全て、「もはや、正義と名付けられるものは存在しない」という、冷徹なメッセージの表れなのだ。そしてそれは、アメリカ的デモクラシーの終焉そのものを表現しているのだろう。映画の冒頭や回想で描かれるケネディ暗殺やベトナム戦争、ニクソンの覇権、フラワーチルドレンを代表するヒッピー・ムーブメントの失敗、冷戦体制の中での核戦争の恐怖など、1960年代〜1980年代に実際の世界でも存在した事柄の中から生まれた、アメリカン・ドリームへの幻滅と失墜が、この物語の底流となっていることからも、それは伺える。
ただ、911テロを通過した21世紀の今描かれなければならないのは、アメリカ的イデオロギーがその強権外交によって化けの皮が剥がされた後に姿を現したものとの対峙なのではないかと思う。この映画では、原作と同様米ソ冷戦体制の中での核均衡とその破綻がテーマになっているが、それをそのまま2009年の現代に描くことは一つのノスタルジーでしかないような気がする。むしろ、そういったものを経た後に、再度問い直される"正義というものの在り方"にスポットを当てた、現代的な『ウォッチメン』の物語を観たかったように思う。
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