ラースと、その彼女 (監督:クレイグ・ギレスピー 2007年アメリカ映画)

リアルドールと暮らす男

田舎町に住む青年ラース(ライアン・ゴズリング)はそこそこハンサムだし悪い奴じゃないんだが、「超」が付くほど極端にシャイな男で、人付き合いといえば隣に住む兄夫婦(エミリー・モーティマー、ポール・シュナイダー)だけ、という生活をしていた。当然のこと友人も彼女もいない彼だったが、ひょんなことからネットで究極の理想の恋人を見つけてしまう。ある日彼はその彼女がやってきた、と意気揚々と兄夫婦に紹介する。しかし、それはなんと、ネット通販で買った等身大セックス・ドール、ビアンカだった!彼は熱を上げた勢いで、ビアンカを町中に連れまわしてしまうが…。

…とまあいきなりこんな設定で始まる映画『ラースと、その彼女』だが、普通考えるのは「ギャハハ!リアルドールを連れまわすイタキモい奴をみんなで指さしてゲラゲラ笑う爆笑映画だな!」といったことであろう。実際ネットでもリアルドールと一緒に旅行に行った記念写真をUPしている奴や大量に購入したリアルドールを部屋に並べている奴の写真なんかがUPされていたり、リアルドールと過ごす日々を切々とブログに更新していた奴なんかを見たことがあるが、こういうのを見た時の基本的な反応は「イタい!キモい!なんてアホな奴!」であるのが大方ではないだろうか。当然オレもその一人であった。

■イタいの?キモいの?

しかしだ。「イタい!キモい!」とか言いながら、写真にUPされたリアルドールの、その高い完成度、再現度を舐め回すように観察してしまう自分も実はいるのである。そして「これは可愛い」「これはイマイチ」なんて評価をいつの間にかしてしまうのだ。そしていつか、「本当によく出来てるなあ…」などと感嘆し、「で、幾ら位するものなの?」なーんて価格をチェックしている自分を発見するのだ。正直、日本製リアルドールの完成度の高さは凄まじいものがあり、実際に使用するかしないかは別として、男の端くれであるならば誰しも一瞬目を奪われるはずである。…な、そうだろお前ら!?そうだと正直に言え!

つまるところ、リアルドール自体がキモいわけではない。そしてそれを購入する人物を「頭のおかしい奴」と言い切れるほど自分も清廉潔白な人間ではない。リアルドール所有者をキモくイタい、と言ってしまうのは、それが、欲望のあり方を一つの形としてあまりにあからさまに目の前に突きつけられるから、居心地が悪くなってしまうのである。一つの境界を突破するかしないかは大きな違いではあるが、しかしそれは実は紙一重の世界でもある。リアルドールを笑ってしまうのは、実は己の暗い性的欲望を目の当たりに見せ付けられ気付かされるからであり、そして本当は、笑えない部分がどこかにあるのを頭の片隅で知っているからではないのか?

■孤独の深さ

極端にシャイで人付き合いの苦手な主人公ラース。しかしそんな男なんてこの世にゴマンといる。シャイとか人付き合いが苦手だとかいう訳でもないが、生活や職場環境のせいで異性と巡り合えない、なんて話もどこにでもゴロゴロ転がっている。喪だの非モテだのいう言葉はネットではお馴染で、そういった自分を自虐したり、そういった人物に上から目線で「努力しないとだめだよ!」なんて言っている連中もいたりする。でもなあ、男女の人口比率なんてぇのもあるわけだから*1、あながち本人の責任だけということは出来ないとも言えるんじゃねえのか。で、無理だし委縮するし辛いし、そんな崖っぷちに立たされて、「リアルの女性とは違う何か」*2を代替品にしたとしても、しゃーねーんじゃねーのか。まあそれで充足しちゃって女性に関することをぜーんぶ止めちゃうっていうのも問題あるとは思うけどさ。

映画ではリアルドールを連れ回すラースを町中が温かく受け入れるっていう展開になり、傷ついた者を小さなコミュニティの中でどう癒すことができるのか、というテーマの映画として完結するんだが、当然癒されないままリアルドールとの閉じた関係の中で終わってしまうというのが現実のような気がするんだよ。それはそれとして、人は孤独な時に誰かの名を呟きたい、その名のある誰ががいてほしい、と思うのは当然の事だし、それをリアルドールで肩代わりしようとしたラースの孤独の深さ、というがなんだか身につまされる、そんな映画に仕上がっていたな。俳優がみんなよかった秀作でありました。

■LARS AND THE REAL GIRL(official trailer)

http://jp.youtube.com/watch?v=I1XxILVnt1w:MOVIE

*1:江戸時代の江戸なんてぇのは人口が男のほうが圧倒的に多くて(時代にもよるが65:35であったらしい)、それで遊郭が発達したなんて話もあるし(逆に上方は男女比がほぼ5:5だったらしい。関西の男性主権文化というのはその辺にもあるのかもしれない)、現在の人口比率でも50歳代までは男のほうが全然多いわけで(女性のほうが長生きなので50歳からは女性が増えるらしい)、単純なマッチングしたって男が女にあぶれちゃうっていうのは歴然としているよな。そんななかで現在の1対1の恋愛至上主義から弾かれる男がいるのは可哀そうな話だが仕方ない部分があるかもしれないんだよな。だから恋愛恋愛って鼓舞するのもちょいと酷であるのと、鼓舞するのはそのほうが商経済が潤うっていうメディアの目論見があったりもするのな。

*2:ちょっと面白かったのは邦題と原題の違い。邦題『ラースと、その彼女』の"その彼女"はリアル・ドールのビアンカだけれども、『LARS AND THE REAL GIRL』という原題の"REAL GIRL"は、ラースと最も遠い距離にある"現実の女"を指している、と思った。つまり原題『LARS AND THE REAL GIRL』は、『ラースと、彼の踏み込めない現実世界の女』というふうにとれて、なお一層切ないタイトルのような気がした。