夜の旅その他の旅 / チャールズ・ボーモント

夜の旅その他の旅 (異色作家短篇集)

夜の旅その他の旅 (異色作家短篇集)

早川異色作家短編集第12巻。作者のチャールズ・ボーモントは邦訳作品数が少ない上若くして夭折した作家らしく、彼の作品を読めるのはこの短編集ぐらいなようです。生前はリチャード・マシスンレイ・ブラッドベリとも親交があり、TVシリーズ「ミステリーゾーン」の脚本を手掛け、好評だった時期もあったそうです。
チャールズ・ボーモントの作品テーマの根幹となっているのは《魅せられた人々》ということが出来るでしょう。
魅せられた人々。彼らはその胸中で起こる小さなしかし強烈な嵐に抗うことも無く足を踏み入れます。彼らは魅せられています、闘牛場のどよめきに、妖しくボディを輝かすスポーツカーに、背徳的なゲームに、山中を駆ける鹿の首筋に銃弾を撃ち込むことに、鮮やかなマジックを見せる奇術師に、父への復讐に。そして彼らはその中に飛び込むことに一片たりとも躊躇を見せません。さもしくありふれた現実の情景から抜け、光輪と至福に包まれた、しかし行き着く先は地獄かもしれない中へ、彼らは易々と入っていきます。
しかし魅せられることのない人生にいったいどのような価値があるのでしょう。理由や理屈や言い訳を繰り返しながら、もさもさとした味気の無い人生をただただ引き伸ばすことを彼らは善しとしません。チャールズ・ボーモントの登場人物たちは、結果がどうなるかなど気にも留めず、確信犯的にただ己を魅了し法悦へと導くものへ、銃弾のように解き放たれてゆくのです。その鮮烈さが、いい。この短編集の読者は、物語の登場人物たちと一緒に、その高みへと昇って行く高揚を追体験するのです。そして同時に足場の消えうせたような奇妙な喪失感を。
冒頭の「黄色い金管楽器の調べ」から既に神経を炙られているような興奮は始まっています。物語は新人闘牛士の歓迎会から始まります。喧騒と熱気の中、興行師の熱い期待と賞賛が新人闘牛士に投げかけられ、火酒のように刺激的な女が彼に微笑みかけます。そして一夜が明け――眩く鮮烈なラストが待ち構えています。
「魔術師」はドサ周りのマジシャンが小さな村で見せる人生最後の大魔術の顛末が描かれます。煮え立つ鍋のように高まってゆく村人達の興奮と喝采、全能の支配者の如く一世一代のマジックを演じるマジシャン。しかし――哀感と心痛に満ちた結末は長く心に残る物語となることでしょう。
「人里離れた死」はあるレーサーの物語。食い詰め者の老レーサーは金のために後には引けないレースに参戦します。レースと共に物語りは加速してゆき、そしてクライマックスでレッドゾーンを振り切ります。苦い結末の物語ですが、作者は自らもポルシェを駆ってレースに出場する車好きだったのだそうです。
「叫ぶ男」はドイツの小さな町の修道院へ病気のため担ぎ込まれた旅人が、その修道院で耳にする叫び声の謎を描いた物語。何が真実で何が嘘なのか?誰が正しく、誰が狂っているのか?迷宮じみた物語は最後の最後で戦慄を呼ぶ結末を迎えます。
最後の物語「夜の旅」は一転してアメリカン・ニューシネマを思わせるような音楽小説。新たにジャズバンドに加入した青年ピアニストと音楽仲間達の光と影を描いたドラマは、バンドの興隆とジャズセッションの興奮を描きながら、思いもよらぬ残酷で救いようの無い物語となって終わりを告げるのです。音楽を演奏するという事の一つの側面を描いたこの作品は、全て肯定できないにしても音楽それ自体のデモーニッシュな部分を描いた作品ということができるのでしょう。
チャールズ・ボーモントの物語には迷いがありません。小手先の話術や皮肉や思わせぶりが一切無いのです。ただ一つの迷いも無く、おそろしく直線的に彼らは自らの命じるものの中へ飛び込んでゆくのです。例えその先が水の無いプールなのだとしても。「生き急いだ作家」と呼ばれたチャールズ・ボーモントには、ただスプリントのように駆け抜ける事が、そしてそのような物語を物語ってゆく事が、彼にとっての生の証だったのかもしれません。