石原豪人の奇天烈世界

石原豪人 (らんぷの本)

石原豪人 (らんぷの本)

書店で見かけたときは名前こそ知らなかったけれど、「あ、この絵は!」と記憶が甦るものがあった。オレが幼少のみぎりに手にしていた少年漫画誌の巻頭グラビア特集で見ていた絵の感触なのだ。その殆どは怪奇と幻想、猟奇と恐怖、破滅の未来と約束された未来。そしてそれらが克明極まりない描写で微に入り細に入り説明されている。オレの見ていた絵の全てがこの石原豪人氏の手になるものでは無かったではあろうが、彼の作風を代表するようなエグさ極まりない異界の映像がそこには展開されていた。例えば挿絵画家で有名なもう一人の画家、小松崎茂がどちらかというと明快な活劇調であったのと比べ、石原豪人はもっと異様な世界を描いていたように思う。

今でも覚えているがJ・G・バラードの『結晶世界』や『強風世界』をビジュアル化しガキのオレを幻想渦巻くSF世界へと叩き込んで帰ってこれなくしたのはこんな少年誌の巻頭グラビアだった。ここで培われたシュールな異世界の光景への強烈な憧憬はその後オレをシュルレアリズム・ダダイズム絵画のマックス・エルンストあたりへと導いてくれるのであった。昔はハヤカワSFはポケミスサイズの版型で出版されていて、バラードの『結晶世界』はこのエルンストの代表作『沈黙の眼』が表紙として使われていたんだよ。
”The Eye of Silence.”Max Ernst

石原豪人の絵は上手い。しかしクドく説明的で悪趣味だ。このセンスは、昔の映画看板や見世物小屋の垂れ幕なんかのセンスに通じるものがあると思う。絵画としては最低の事をやっているにも拘らず、看板、挿絵としての用途は満たしている。昭和の大衆娯楽の必要としていたものがこの絵のありかたなんだろう。そこには無用な内面など存在せずただひたすら「判りやすさ」に奉仕する作家の職人芸を見てとることが出来る。
ただし石原豪人はこのような虚構世界のみを描いた画家ではない。本の目次を見ると

怪人画―闇に棲む人々
妖怪画―見えないものをリアルに表現
怪獣画―迫力と怪奇の世界
幽霊画―地の底から怨念の声がきこえる
探偵小説の挿絵―恐怖と謎の女
挿絵画家デビューの頃―凛々しい美女とスターの似顔絵
スポーツ画―筋肉の躍動
少女雑誌でも活躍―可憐な少女を描いてさえエロティック
まんがにもチャレンジ
虚構世界―死後の世界は本当にあった
セクシー&セクシー
晩年に新境地を開拓―力・毒・色気に笑いをプラス

などとあるように題を選ばぬ八面六臂の活躍、その精神は「絵が描ければなんでもいい」というものであったらしい。このパワフルさと溢れる才気が彼をこのような鬼才たらしめ、今でもこのような形で復刻され、人々の目に触れて楽しませてくれるのであろう。

過去に行われた石原豪人の展覧会の紹介 http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/exhibition/yayoi/0407.html