ちょっと怖い話

美容院

調髪は近所の美容院を使っている。もう20年ほど、同じ人間(おっさん)に髪を切ってもらっているのだが、特別に上手い!とかセンスある!というのではなく、オレの髪の癖を知ってるので、髪を切りに行く度にあれこれ説明する必要が無くていいから楽なのだ。行けばただ単に「長め」「短め」と告げる後は適当にやってくれる。
どうも髪を切るという行為には自意識が関わるから苦手だった。目の前にある磨き上げられた大きな鏡に映った自分の顔を見続けるのは結構きつい。しかもこのたいしたことのない顔の上に乗った自分の髪の毛を他人様に整えてもらうなんて居心地が悪くてしょうがない。そしてそんな恥っかきを見せびらかす相手はできるなら一人でいい。そんな訳でオレはこのおっさんのやっている美容院に長い間通いつづけているのである。

おやじの話

床屋談義じゃないが、髪を切っている間にはこのおやじと世間話をする。
その日の話題は何故か、鉄道の人身事故の話だった。オレは一度目の前で男が列車の迫るホームから飛び降りる場面に遭遇したことがある。男はホームから勢い良く飛び降りると列車が通過するまさにその寸前に線路の上にうつ伏せで寝た。あとは推して知るべしだ。
そんな話をすると、髪を切っているおやじも、一度そんな事故を目撃したことがあるという。
遅い時間の電車だったという。その男は、酔っ払ってホームから転落したらしい。そしてその男の知り合い達が、彼を助けあげようと、ホーム端から引っ張りあげようとしたまさにその時、電車がやってきたというのである。その男は、上半身をホームに出したまま、ホームと電車のわずかな隙間に挟まれ、コマのようにクルクル回されながらホームの向こうへと引き摺られて行ったという。
それを見ていたおやじは一瞬こう思ってしまったらしい。「人間風車。」
話はまだ続く。ようやく停止した電車だったが、男は挟まったまま。駅員がやってくる。そして駅員は、男を引きずり出すため、周りの乗客に「皆さんで電車を押してください」と頼んだという。
乗客達に押されて僅かに傾いた電車から、男はようやく助け上げられた。そしておやじの話だと、少なくとも胴体と足は繋がってはいたが、生死の程は結局定かではなかったという。