私はゲイのキューブリック!〜実録キューブリック詐欺映画『アイ・アム・キューブリック!』

■アイ・アム・キューブリック!<未>(監督:ブライアン・クック 2005年アメリカ・フランス映画)


私の名はスタンリー・キューブリック。映画監督だ。『2001年宇宙の旅』や『博士の異常な愛情』といった映画を監督したよ。『シャイニング』はご存知かね?『フルメタル・ジャケット』は?ああ、新作の予定かい?そうだね、今エリザベス・テイラーにオファーしているところなんだ。ほう、君はなかなか才能がありそうだね。次の作品に是非協力して欲しいのだが宜しいかね?そうか、ありがとう、ありがとう。ところで誠に申し訳ないんだが、実はクレジット・カードを盗まれてしまって困っているんだ。そこでだが…ちょっと20ポンドばかり貸してくれないかね?
その男はスタンリー・キューブリックと名乗り、あちこちで寸借詐欺を繰り返していた。しかしその正体は全くの偽者、髭さえ生やしておらずキューブリックに似ても似つかないデブでオカマのアル中男、アラン・コンウェイ。この映画は、90年代末、ロンドンで実際に起こった事件を元に、「キューブリック詐欺」男の奇妙な半生を描いた映画である。そして主演はあのジョン・マルコヴィッチ。薄化粧にキャンプないでたちというゲイ節全開なルックスをしたマルコビッチが寂しい頭を輝かせ、クネクネしながら「私はキューブリックよ!」と言い放つ段階で既に出オチ状態で笑わせてくれる。
しかもこの映画、なんと本当にキューブリック関連の人たちが関わっている。監督のブライアン・クックは『アイズ・ワイド・シャット』『シャイニング』などでキューブリックの助監督をしており、脚本のアンソニー・フレウィンは『時計じかけのオレンジ』や『2001年宇宙の旅』あたりでアシスタントを担当していたのらしい。しかも冒頭は『時計仕掛けのオレンジ』チックなチンピラが金持ちの家を訪ね、強引に侵入しようとする、なーんていうシークエンスから始まったりする。さらに、物語とは何の関連も無く『ツァラトゥストラはこう語った』や『美しき青きドナウ』が流れ、さらに『時計仕掛けのオレンジ』のウォルター・カーロス風ムーグ・ミュージック、そして『シャイニング』で使われていた(…多分)ビッグバンド風の音楽までが使用されている。キューブリック・マニアが観たらシナリオや台詞にも案外いろんなキューブリック・ネタが仕込んであるかもしれないが、そのへんオレはよく分からなかった。
しかしここまで書いておいてなんなんだが、困ったことに、映画自体はたいして面白くない。この設定とこの配役ならいかようにも面白く出来そうなのに、詐欺男の詐欺の様子をだらだら描くだけで緩急に著しく欠けるのだ。同様に詐欺師を描いた『フィリップ、きみを愛してる!』(これもゲイ詐欺師だった)や『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』といった映画と比べたら雲泥の差だと言ってもいい。これは映画が詐欺男の内面に肉薄しようとせず、ただ単に「気持ちの悪いオカマ詐欺師」を描くことに腐心してしまったせいだろうと思う。ジョン・マルコヴィッチは快演(怪演?)してたけど。やっぱり全ての敗因は製作総指揮:リュック・ベッソン、というあたりにあるかもしれない。まあしかし、生粋のキューブリック・ファンなら地雷と知りつつとりあえず観ておくべきかもね。そもそも、実際の事件、とうのキューブリック本人も面白がっていたという話だし。

■アイ・アム・キューブリック! 予告編


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