一族という名の血の呪縛を描く怪奇小説『メキシカン・ゴシック』

メキシカン・ゴシック /シルヴィア・モレノ=ガルシア (著)、青木純子 (訳)

メキシカン・ゴシック

1950年メキシコ。若き女性ノエミは、郊外の屋敷に嫁いだいとこのカタリーナから手紙を受け取る。それには亡霊に苛まれ、助けを求める異様な内容が書かれており……。英国幻想文学大賞をはじめホラー文学賞三冠を達成した、新世代のゴシック・ホラー小説。

メキシコ山岳地帯にある寂れた銀山の町エル・トリウンフォ。その町外れの山頂に建つ古い屋敷で巻き起こる恐るべき怪異の正体は?ホラー長編『メキシカン・ゴシック』はメキシコ系カナダ人作家シルヴィア・モレノ=ガルシアによって書かれ、各種賞を総なめにしたベストセラー小説だ。

主人公はメキシコシティで現代的な生活を謳歌する女性ノエミ、その彼女がエル・トリウンフォの銀山経営一族の元に嫁いだ従妹から不穏な手紙を受け取る。従妹の住まう山頂の屋敷を訪れたノエミは剣呑で差別的な一族に迎え入れられ、毎夜異様な夢を見始める。そして遂に「おぞましい”それ”」と対峙することとなるのだ。

『メキシカン・ゴシック』というタイトルにあるゴシック、これは多義的な言葉だが、この物語ではゴシックロマン的なホラー小説という意味以上に、物語に登場する古屋敷に住まう一族の何代も連綿と続く歴史、一族の家長による古色蒼然とした男権主義、旧弊な家長制度と階級意識、それらが生み出す他者への高慢な態度、そういった蛸壺状態の大時代性が融合した「ゴシック」であると言えるだろう。

主人公は近過去ともいえる1950年なりのモダンな感性を持ち、その彼女が対峙することとなるのがこの「なにもかもが黴臭い臭いに覆われた厭らしい程にゴシックな」一族なのだ。ノエミは最初このゴシック一族に反発し軽蔑するが、屋敷に充満する得体の知れない瘴気に次第に心身を蝕まれてゆく。そしてこの屋敷に嫁いだ従妹も、その犠牲となり心身を冒されてしまったことに気付くのだ。そして遂に瘴気の正体となる「おぞましい”それ”」が姿を現す。その目的はノエミを「一族の血に取り込む」ことだったのだ。

この「おぞましい”それ”」はホラー作品らしいグロテスクな姿として登場するが、それはあくまでも「一族という名の血の呪縛」を暗喩したものなのだろう。その「一族という名の血の呪縛」は、権勢の為に個人を圧殺し隷従を強いる旧弊な家長制度だ。個人は一族を肥やすためにその血肉を貪られ堆肥として利用されるだけであり、それもまた具現化したホラー描写として物語に登場することになる。すなわち「男権主義的家長制度という名の化け物」を描いたのがこの『メキシカン・ゴシック』なのだ。