しゃらくせえ意識高い連中が原人に貪り食われる愉快な地獄絵巻小説『モンスター・パニック!』

モンスター・パニック! /マックス・ブルックス(著)、浜野アキオ(訳)

モンスター・パニック! (文春e-book)

作家マックス・ブルックスのもとに届いた手記。それはレーニア山噴火後、廃墟となって発見されたエココミュニティの住人が残したものだった。未だ原因が明かされていない集落全滅の真相とは? 武器も食糧もないひとびと。地面に刻まれた人間そっくりの巨大な足跡。闇にひびく咆哮。森の中に散乱した動物の死骸。そして牙を剥いて襲い来る凶暴な群れ。傷だらけになった人間たちの反撃、果たして成るか? 偽ドキュメンタリー形式の衝撃作。

火山の噴火により周囲から隔絶してしまったとある集落。そこに噴火の被害で食物の無くなってしまったビッグフットの群れが襲い掛かり、住民たちを貪り食おうと牙を剥く!?というホラーサスペンス『モンスター・パニック!』です。

「ああなんだ、最近流行ってるらしい安物鮫パニック映画みたいなお話ね、パスパス」とあなたは思ったかもしれない、しかしもう少しだけ読んで欲しい、なんとこの小説、映画化もされたあの大ベストセラーゾンビ小説、『WORLD WAR Z』の作者であるマックス・ブルックスの書いたお話なんですよ!

「あーいやー、ゾンビモノだったらまだ面白いかもしれないけどさー、だってビッグフットでしょ?サスカッチでしょ?大昔嘘くさいビデオに写されてた雪男みたいなやつでしょ?なんか地味っていうか、たいした興味湧かないわー」とやっぱりあなたは思うかもしれない、でももうほんのちょっとだけ読んで!

ビッグフットが襲った集落というのは先端技術を用いて完全リサイクルを謳うエコシステムを持つコミュニティ、その名も「グリーンループ」。そこに移り住んだ住人というのは常日頃「サステナブルがー」とか「SDGsがー」とかのたまい、ファーストフードに入って注文聞いてきた店員に「このお店は環境の為に何をしていますか?」といきなり尋ねてきそうな意識の高い連中ばかり。そんないけすかない意識高い連中が原人に貪り食われるお話だと言ったら、どうです?途端に面白そうになってきませんか!?少なくともオレはずっとニマニマしながら読んでましたね!

そう、エココミュニティ「グリーンループ」の連中はどいつもこいつも頭でっかちで理屈だけはご立派な所謂「意識高い系」の人たちばかり。腹を空かせたピューマが集落に紛れ込みこれを撃退した人物に「ピューマには罪はない!虐待反対!暴力反対!」とかマジ切れする方が普通にいる場所なんですな。自然を愛し精神を高めリラックスとスピリチュアリティを追求する箸にも棒にもかからない心優しいド平和主義の集団なんですよ!おまけに今作の主人公となる女子というのがいつもなんだかグジグジ言ってる「ゆるふわ」ちゃん(こいつがまたイラつくんだわ)!あーもう死亡フラグが地雷のようにばら撒かれた大変香ばしい設定じゃあーりませんか!?

そんな「意識高いオレら」を襲うのが、そうです、我らが原人、我らがサスカッチ、我らがビッグフットの皆々様です!人類進化の途上で枝分かれし長大な歴史の中で人に発見されることなく山奥に隠れ住んでいた原人の皆々様が「ハラヘッタ」という生物として至極シンプルな理由により集落の「オレら」に襲い掛かり「スタッフの皆で美味しく頂きました」という事態に発展するわけですね!原人の皆々様は人間を超える巨大な体躯と強力な腕力と残虐な攻撃性を持ち、戦略的な狩りをするほどの知能を兼ね備え、さらにはゴミが腐ったような臭いを漂わせている、というオマケつき!ただでさえ人間なんてひとたまりもないのに、ひ弱を絵にかいたような「意識高いオレら」の皆様など蟻んこを捻り潰すより簡単に屠られるのです!いやあ、楽しいのう!楽しいのう!

とはいえそれだけだとただ一方的な殺戮となってしまいあまり面白みがありません。最初はただただヌッ殺され家を破壊され蹂躙されるがままだった「オレら」の皆さんが、遂に反撃に出る部分からがこのお話の醍醐味となるんです!あれだけ小理屈を並べて綺麗ごとをのたまい、環境だ生命だスピリチュアルだラヴ&ピースだと屁のツッパリにもならない戯言をご開陳されていた皆さんが、窮鼠猫を噛むの例え通り竹槍を作りガラスのマキビシを撒き包丁を振り回して、原人への徹底抗戦へ出ようとするのです!

即ち、生きるってェのは耳障りのいい能書きを垂れ流す事ではなく、生きる意志を持ちそれに遮二無二しがみつくことなんだ、ってことなんですよ。作品の原題は『DEVOLUTION=退化』、それは現生人類に対して退行したかの如き原人たちの姿であるのと同時に、進化の過程で知能と文明を手にした人間たちが今一度狂暴な動物性へと遡る事を指したものであるのかもしれません。

物語は『WORLD WAR Z』と同様にフェイク・ドキュメンタリーの体裁をとり、焼け野原となり誰一人生存者のいない「グリーンループ」の惨状を伝えるレポートと、主人公女性が「グリーンループ」に入居しゆるふわな日々を送り始める日記が交互に描かれてゆきます。即ち読者は結果をあらかじめ知りながら、ゆるふわ主人公がどのような運命を辿るのかを虎視眈々と見つめることとなるのです。とはいえ、最初は「意識高い系ウゼエ」と嘲笑いながら読んでいたオレですが、次第に彼らの至る情け容赦ない運命に相当な恐怖を感じながら読み進めることになりました。やっぱりマジに怖いホラーなんですよこれ。

そう、確かに「意識高い系」はウザいかもしれないけれども、過酷な状況でサバイヴするスキルの低さというのは、オレも「意識高い系」もどっこいでしかないんですよ。即ちこんなオレだって、能書きだけイッチョ前の脆弱な人類の一人でしかないということなんです。そういった特殊な状況から普遍的な心理を浮かび上がらせるといった点でも優れた物語でした。フェイク・ドキュメンタリーとしての筆致も『WORLD WAR Z』同様非常に巧みであり、作者のストーリーテラーとしての確かさを感じました。