愛する人の命か人類の存亡か?/シャマラン映画『ノック 終末の訪問者』

ノック 終末の訪問者 (監督:M・ナイト・シャマラン 2023年アメリカ映画)

人里離れた山小屋で子供と共にバカンスを過ごしていたカップルの元に怪しげな来訪者が!?カップルを軟禁した彼らの口から出たのはある「究極の選択」だった!?というサスペンス・スリラー『ノック 終末の来訪者』です。監督はあの「なんだか変わったスリラー映画ばかり撮る」M・ナイト・シャマラン(どうでもいいんですがしょっちゅう”シャラマン”って間違えてしまいます)。なにやら今作も「なんだか変わったスリラー映画」のようですね。主演は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズのデイブ・バウティスタ、『ハリー・ポッター』シリーズのルパート・グリントが務めます。

【物語】ゲイのカップルであるエリックとアンドリュー、そして養女のウェンの家族が山小屋で穏やかな休日を過ごしていると、突如として武装した見知らぬ謎の男女4人が訪れ、家族は訳も分からぬまま囚われの身となってしまう。そして謎の男女たちは家族に、「いつの世も選ばれた家族が決断を迫られた」「家族のうちの誰か1人が犠牲になることで世界の終末を止めることができる」「拒絶することは何十万もの命を奪うことになる」と告げ、エリックとアンドリューらに想像を絶する選択を迫ってくる。テレビでは世界各国で起こり始めた甚大な災害が報じられるが、訪問者の言うことをにわかに信じることができない家族は、なんとか山小屋からの脱出を試みるが……。

ノック 終末の訪問者 : 作品情報 - 映画.com

カップルを縛り上げた謎の集団は「人類存亡の危機が近づいている」と告げ、それを止めるために「家族の誰か一人を犠牲にしろ」とか言うんですね。まあ普通に連中の事は「キチガイ」だと思うし聞く耳持つなんて有り得ないんですが、なにしろそこはシャマラン映画、なにやら「怪しげな事態」が迫りくる雰囲気をじっとりじわじわと描き、謎の集団の言っていることが「真実なのか嘘なのか?」という疑惑を観る者に湧かせ、さらに「家族誰か一人が犠牲」なんてことができるのか?と思わせてゆくんですよ。

愛する人の命か人類の存亡か、って要するに「トロッコ問題」なんですが、オレは「トロッコ問題」それ自体が下らないなあと思ってしまうタチなんですよ。そもそも設問の在り方が雑で極端で情報が少ない。そういったレベルの「問題」をまともに考えることが下らないと思えてしまうんです。「トロッコ問題」には人間の生命が関わったりしますから倫理観とかなんかそーゆーコトを抽象化したものなんでしょうが、これって「カレー味のウンコかウンコ味のカレーか」と言ってるとたいした変わりがなくて、有り得ないし有り得たとしても極端だしそもそもウンコ味って何よ食った事あんのかよ、って話じゃないですか。

だから現実的にはどうだっていい下らない話なんですが、これがフィクションだと途端に面白くなってくるんですね。例えば『運命のボタン』なんて映画(原作短編あり)はボタンを押すと100万ドル手に入るけどその代わりどこかで誰かが死ぬ、あなたは押しますか?って話なんですが、そこで登場人物が葛藤するのを眺めて「自分ならどうするか?」なんて考えながら楽しめるんですね。また『冷たい方程式』という超有名な古典短編SF小説では、ある惑星に人命にかかわるワクチンを届ける任務を負って酸素も燃料もギリギリの宇宙船を航行させていたら密航者が見つかり、この密航者を宇宙に放り出さないと目的の惑星に到着できない、というジレンマを描いた作品なんですよね。これも設定は物凄く雑なんですが物語としては面白いんですよ。

翻ってこの『ノック』も「設問の在り方が雑で極端で情報が少ない」中で究極の選択をしなければいけないお話なんですが、じゃあ「設問の在り方が雑で極端で情報が少ない」のだからこの映画も雑で詰まらないお話なのかというと違うんです。その「設問の在り方が雑で極端で情報が少ない」ことが逆にミステリーになっており、設定そのものよりも「この謎の訪問者たちは本当のことを言っているのか単なる頭のおかしいカルト連中なのか」といった疑問でずっと物語を引っ張ってゆくんですね。洗脳大好きのカルト連中なら「究極の選択」がこんなに雑で情報が少ないわけがない。ただし本当のことだとしても突飛過ぎて簡単に信じられる類のものでは全くない。じゃあどうなっちゃうの?どうするの?という面白さがこの作品にはありますね。

映画的には、まず「謎の集団」の首領を演じたデイヴ・バウティスタの存在感がダントツに素晴らしかったですね。知性と暴力性の両方を醸し出す態度とルックスが、「謎の集団」の主張が嘘なのか真実なのか分からなくさせていて非常に効果的でした。また、主人公カップルはゲイとして描かれますが、ゲイである必然性が最初よく分からなかったのだけれど、最後にきちんと物語に関わってきているんですね。それと、詳しくは書きませんがクライマックスで本当にゾッとした瞬間があって、こういう所シャマランは上手いなあ、と思わせました。