この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選 / J・J・アダムズ (著), 中原 尚哉 (翻訳)
異星種族との戦いの最前線で、いつ果てるともしれない激戦を続けている小隊。そこへ司令官のマクドゥーガル将軍が前線視察にやってきて……(この地獄の片隅に)偵察任務中に攻撃を受け、深刻な傷を負って外傷ポッドに収容された兵士マイク。医師アナベルが遠隔通信により彼を救おうとするが……(外傷ポッド)パワードスーツ、パワードアーマー、巨大二足歩行メカ――ジャック・キャンベル、アレステア・レナルズら豪華執筆陣が、古今のSFを華やかに彩ってきたコンセプトをテーマに描く、全12編が初邦訳の傑作書き下ろしSFアンソロジー。
「パワードスーツ」といえば異星人やら敵軍団やらと熾烈な戦闘を繰り広げるために身にまとう、多数の火器を装備し先端科学で機械化されたゴツい金属製の軍事アーマーのことでだいたい間違いあるまい。古くはハインラインのSF長編『宇宙の戦士』に登場し、加藤直之氏が描いた表紙や口絵のパワードスーツ絵にオレを含む多くのSFファンが鼻血たらし気味に大興奮したアレである。ガンダムやアイアンマンなんかもその範疇に入るんではなかろうか。いわゆる「男の子ってこういうの好きでしょ」が凝縮した夢のようなマッシーンなのである。
そのパワードスーツの登場するSF短編ばかりを集めたのがアンソロジー『この地獄の片隅に』である。『この世界の片隅に』みたいなタイトルだが軍事アーマーが主体であるから地獄も地獄、大いに地獄なパワードスーツ・ストーリーが網羅されているのではないかと期待が高まりまくりではないか。もう中二の魂百までと言いたくなるほどにドリームな企画である。もともとはJ・J・アダムスの編纂した『Armored』という短編集収録の23篇から日本版は12篇を選んで書籍化したものだという。
とはいえ、収録された12篇全部が「パワードスーツでドッカンドッカン宇宙戦争!」というのも芸がないので、そこはそれぞれにパワードスーツを解釈し宇宙戦争物語に止まらない幅の広いパワードスーツ物語となっている。また、「パワードスーツを駆る人間」の物語であると同時に、「パワードスーツAIと人間の関係性の物語」を描く作品も目立ち、広義でAIテーマSFとしても読めるのだ。
例えば冒頭「この地獄の片隅に」ジャック・キャンベルなどは見事に宇宙戦争が舞台となるが、「深海採集船コッペリア号」ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタインでは異星の海を探索する潜水服であったり、「ケリー盗賊団の最期」デイヴィッド・D・レヴァインでは19世紀末のオーストラリアを、「ドン・キホーテ」キャリー・ヴォーンでは20世紀初頭のスペイン内戦を舞台にしたスチーム・パンクなパワードスーツが登場したりする。
パワードスーツが登場するから宇宙戦争とは限らない。「ノマド」カリン・ロワチーは未来ギャングの兵器として登場し、AI精神との融合の様はホモセクシャルな雰囲気を漂わす。「アーマーの恋の物語」デヴィッド・バー・カートリーは謎の大富豪は常にパワードスーツを身に着けていた!?というお話だが、これはちょっと見方を変えるとバットマンみたいだよね。「N体問題」ショーン・ウィリアムズは銀河最果ての星系を舞台に、ある男とメカスーツを着た女との奇妙な愛の物語で、ハードボイルドな展開がなかなかいい。
もちろん戦闘を扱った作品もきちんとあるが、そこはまた一ひねりした設定が光る作品ばかりだ。「外傷ポッド」アレステア・レナルズでは負傷した軍人がアーマータイプの医療ポッドに乗せられ治療を受けるが……という物語だが、ミステリアスな展開に引きこまれる。「密猟者」ウェンディ・N・ワグナー&ジャック・ワグナーは人類が太陽系の他のコロニーに移住し無人となった地球を保護する取締官アーマーの物語だ。「天国と地獄の星」サイモン・R・グリーンでは蠢き回る狂暴な植物が生い茂る地獄の惑星に派遣された建設要員アーマーが出会う地獄また地獄!が描かれる。「所有権の移転」クリスティ・ヤントは掌編ながらピリッと辛いアーマーストーリー。
そしてなんといっても最後の1篇「猫のパジャマ」ジャック・マクデヴィット! 事故に見舞われた宇宙ステーションへ救助に向かった男が発見したのは1匹の猫!しかしアーマーは着ている1着のみ、猫をアーマーに入れる余地はない……。そこから始まる猫救出ドラマがなにしろ熱い!猫好き必読だ!あと、それぞれの作品の冒頭には加藤直之氏によるカッコいいパワードスーツのカラーイラストが添えられていて(Kindle版)、『宇宙の戦士』再び!と盛り上がること請け合い!パワードスーツ縛りということでやはり若干自由さがない部分もあるが、中二病魂は大いに満足させられることだろう。