■マッドマックス 怒りのデス・ロード (監督:ジョージ・ミラー 2015年オーストラリア/アメリカ映画)
■本年度を代表する畢生の大傑作映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』
ジョージ・ミラー監督による「マッドマックス」新エピソード『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を観た。凄まじい映画だった。長い準備期間と製作期間を経て、まさに「満を持して」世に送り出したといっていい畢生の大傑作である。ネットの評判もどこを見ても大絶賛の嵐で、ここまで多くの高い評価を得ていることも珍しいことかもしれない。それほど素晴らしい作品なのだ。今年2015年はきしくも『スター・ウォーズ』新章が公開される年でもあり、多くの映画ファンにとって忘れがたい年となるのは間違いないだろう。
しかし多くの方々が凄い、凄い、と連呼するこの『怒りのデス・ロード』、いったいなにが、どのように凄いのだろうか。異様な世界観と奇怪なガジェット、究極まで高められたアクションと、凄まじいスピード感、生きるか死ぬかのギリギリの物語。しかしこの作品はそれだけの「とてもよく出来たアクション映画」でしかないのだろうか。この作品で表現されているのはうわべだけ見るなら逃走と追跡の息詰まるアクションであり、ややこしい物語などは全くの皆無で、そのスリルだけを頭空っぽにして楽しむこともできるのだが、しかしこの作品の魅力がそういった所謂「ボンクラ映画」の範疇にだけあると言いきるのは大間違いだ。一見シンプルすぎるぐらいシンプルな構成を成すこの物語は、実は注意深く見るなら様々なアレゴリーに満ち溢れていることに気付かされるのだ。今回は試論として『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に存在するそのアレゴリーを掘り起し、この作品を別の切り口で鑑賞する方法を探ってみたいと思う。
■『怒りのデス・ロード』と『スター・ウォーズ』
『怒りのデス・ロード』の舞台となるのは文明の崩壊した近未来の世界である。そこでは今現在我々が知っているようなテクノロジーは殆ど消滅し、文化も社会も国家も消えてなくなり、あるのはそれとは全く異質な文化であり社会である。これはこの作品の世界そのものが「今現在」の「この世界」と全く断絶しているということだ。『怒りのデス・ロード』に存在するはただどこまでも広がる砂漠であり、それはどこか抽象的な光景ですらある。その異質さ、その抽象性は、『怒りのデス・ロード』の世界が地球ではないどこか他の惑星、時空の違うどこか他の世界でも構わないほどだ。それにより、この作品は物語それ自体もある種の抽象性を孕むこととなっているのだ。そんな物語が実はもうひとつある。それは「遠い昔、遥か彼方の銀河系で」というプロローグから始まる傑作SF映画『スター・ウォーズ』である。
まず気付かされるのは『怒りのデス・ロード』と『スター・ウォーズ』(特にエピソード4)との奇妙な近似性だ。醜い顔と身体をマスクと鎧で武装する敵の司令官イモータン・ジョーはそのままダース・ベイダ―だ。そのイモータン・ジョーから「囚われの姫」たちを奪還し逃走をするくだりはデス・スターからのレイア姫奪還のシークエンスだ。イモータン・ジョーの軍団ウォー・ボーイズの全身白塗りした姿はストゥーム・トルーパーと被る。最初は利己的な存在だったマックスが女戦士フュリオサに協力しイモータン・ジョーの軍団と戦う姿はハン・ソロとダブる。そしてそのフュリオサの機械化された欠損した手はルーク・スカイウォーカーではないか。舞台となる砂漠は惑星タトウィーンを思わせるし、高速度で描かれる追撃シーンは『エピソード4』クライマックスのデス・スターにおけるドッグ・ファイトに通じるものがあるではないか。
■数多の物語の元型
ここで自分は『怒りのデス・ロード』が『スター・ウォーズ』を真似ているとかオマージュがあると言いたいわけではない。むしろ、『怒りのデス・ロード』と『スター・ウォーズ』は描こうとしたものの根底に同一のテーマを持っており、その共通する立脚点ゆえに近似性がある、と言いたいのだ。その「共通する立脚点」とは何か。それは【神話】である。
『スター・ウォーズ』が神話学の第一人者ジョーゼフ・キャンベルによる著作の影響下にあったのは一部で知られてる事実である。ジョーゼフ・キャンベルは世界各地に存在する神話に共通するモチーフがあることを見出し、この中にこそ多くの人々がその心の奥深くで求めて止まない【物語】の【元型=アーキタイプ】があるのではないかと推察した。『スター・ウォーズ』監督であるジョージ・ルーカスは大学時代にこのジョーゼフ・キャンベルに師事しており、キャンベル言う所の「物語の元型としての神話」を『スター・ウォーズ』に適用することで、あの素晴らしい作品を生み出したのだ。
『怒りのデス・ロード』からは『スター・ウォーズ』と同様の「物語の元型としての神話」性を読み取ることができる。ジョージ・ミラー監督がジョーゼフ・キャンベルや『スター・ウォーズ』を意識して『怒りのデス・ロード』を製作したかどうかは別として、少なくともそのインタビューの中で『マッドマックス』シリーズが世界的に人気を得ていることの原因を「皆が共鳴したのは、ジョゼフ・キャンベルの著作「千の顔を持つ英雄」に見られる古典的な英雄神話と通じるものがあったからだろう」と言及している*1。
■『怒りのデス・ロード』における神話構造
さてここで幾つか『怒りのデス・ロード』における神話との近似性を拾い上げてみよう。まずイモータン・ジョーの支配する要塞から彼の所有する「子産み女」たちが逃走し、マックスがその手助けをする、という物語の大まかな枠組みは、ギリシャ神話における「ペルセポネーの略奪」に相通じる。これは冥界の王ハーデース(=イモータン・ジョー)に囚われた女神ペルセポネー(=子産み女たち)をヘルメース(=フュリオサ及びマックス)が奪還する、という物語だ。もちろん髑髏のモチーフが強調されたイモータン・ジョーの要塞が冥界であるのは間違いない。この神話の結末ではペルセポネーが冥界と神界に半々に住むことになってしまうが、『怒りのデス・ロード』ではその結末に一捻り加えたものとなっている。また、冥界へと囚われの花嫁を救出しに行くもう一つの物語は日本神話の中のイザナミ・イザナギの物語として存在する。
囚われのマックスが鎖に繋がれた存在であるのはプロメーテウスの神話からだろう。プロメーテウスは神から火を奪ったことにより岩に磔にされ永遠に鳥に肝臓をついばまれる罰を与えられる。映画でのマックスは新鮮な血をウォー・ボ―イズに供給させられていた。マックスはここから開放されることで「自由」という名の希望の「火」を「子産み女」たちに与えようと尽力する。話の流れは前後するが、寓意に共通項を見出せる。
フュリオサ一行が"約束の地"で老婆から植物の種子を与えられるのは世界各国にある「豊穣の女神」いわゆる「地母神」の神話からだろう。ここで種を持っていたのがなぜ老婆なのかというと、それは「地母神」がその名の通り女性人格の神であるからだ。劇中一人の妊娠中の「子産み女」が事故死するが、「豊穣神」神話には農作物が豊穣神の死体から生成するとされるものがあり、「死と引き換えの豊穣」という寓意がここにあるのかもしれない。また前述した女神ペルセポネーもギリシャ神話における「豊穣の女神」である。『怒りのデス・ロード』では女性の活躍が注目されるが、これは別に女性の社会進出だのフェミニズム云々ではなく、女性性が荒廃した世界に豊穣をもたらすという暗喩であるのだ。
■新たなる神話の誕生
つらつらと思いついた部分を書き連ねてみたが、これが元ネタだというつもりで書いたわけではない。『怒りのデス・ロード』が【神話】という原初的な物語構造に支えられた作品であるという例を示したかったのだ。
『怒りのデス・ロード』においてマックスたちは、人智を超えた恐るべき暴虐と不可能にすら思える試練を乗り越えギリギリの生死の境から生還を果たそうとする。そして神話は、その英雄譚は、困難の中に旅立ち、幾多の苦難に出遭いながら、それに勝利して生還する英雄の姿を描く物語である。その姿を通し、不条理な生と死の狭間に生きねばならない人の運命に、道筋を与え、その意味するものを掘り下げてゆくのがこの寓話の本質にあるものなのだ。
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』はその神話に新たな章を刻み付けた作品であり、我々はそこで展開する原初の物語に、太古から無意識の血の中に存在している英雄たちの姿に、生の本質と、乗り越えるべき運命を見出す。だからこそ我々は魂をも揺さぶる大いなる感銘を受け、そして歓喜するのだ。
http://www.youtube.com/watch?v=a4LddqF0QJ0:movie:W620
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