実在するアスリートの激動に満ちた半生とその栄光を描く感動の伝記ドラマ〜映画『ミルカ』

■ミルカ (監督:ラケーシュ・オームプラカーシュ・メーラ 2013年インド映画)

■インドスポーツ史に残る金メダリスト、ミルカ・シンの半生

まさしく「完璧な映画」とはこの作品のことではないか。映画を観ている間中、主人公の夢と希望の在り様に胸が高まり続け、その挫折と悲しみに心打ちひしがされ、観終った後にどこまでも上り詰める様な高揚と力強い感銘が後を引く。そんな素晴らしい映画体験をさせてくれたのが、この『ミルカ』だ。
1960年ローマ・オリンピック、男子陸上400メートル決勝。この競技で金メダル最有力候補だったインド代表選手ミルカ・シン(ファルハーン・アクタル)は、先頭を切っていたにもかかわらず、コーチの「ミルカ、走れ!」という檄に思わず振り向いてしまい失速、競技を逃してしまう。ミルカはなぜ振り向いてしまったのか。そこには、幼い頃までに遡る、忌まわしい虐殺事件のトラウマが存在していたのだ。ミルカを苛む虐殺事件とは何だったのか、彼はそれを乗り越えてアスリートに復帰できるのか。インド・スポーツ史に燦然と名を輝かす実在の金メダリスト、ミルカ・シンの激動の半生とその栄光を描く伝記ドラマ、それがこの作品なのだ。
物語は3つの時間軸を平行させながら描かれてゆく。ローマ・オリンピックで惨敗したミルカ・シンが再び試合に挑むまでの葛藤を描く【現在】。その彼が入隊したての軍隊でメキメキと陸上競技の才能を表し、挫折を経ながらも華々しい業績を打ち立ててゆく【近過去】。そして、インド・パキスタン分離独立により、悲惨な体験と難民キャンプ生活を余儀なくされた【少年時代】。これらを平行して描きながら、ミルカ・シンが陸上競技において打ち立てた素晴らしい功績とその情熱、彼のトラウマの「核」となっている恐ろしい事件の真相が、徐々に明らかになってゆくのだ。

■少年時代 / 難民キャンプでの日々

ミルカ・シンがまだ幼い頃、イギリス領インド帝国が解体し、インド連邦/パキスタンの二国に分離独立した。この時、パキスタン領側に住むシク教徒だったミルカの一家は、イスラム教徒によるヒンドゥー教徒/シク教徒を狙った虐殺の犠牲者となってしまう。その虐殺を逃げ延びたミルカーと姉は難民キャンプに身を寄せ、いつしか青年となったミルカーは、移民の街で出会ったビーロー(ソーナム・カプール)と恋に落ちる。
ミルカの頭はお団子ヘアになっていて、これが時にはドアノブカバーみたいに巾着で包まれたりしている。これはなんなんだろう?と思っていたが、どうやらシク教徒独特のターバンの、その簡易版のようなのだ。そのシク教徒の集落を襲った虐殺事件は、インド・パキスタン分離独立時の混乱に、イスラムヒンドゥー双方の衝突による虐殺事件の一端だった。この虐殺は100万人にのぼる犠牲者を出したという。
ミルカが難民キャンプとして過ごす遺跡となった城壁跡のロケーションがまず目を奪う。そしてその地で、憤怒と遣り切れなさの中にありながら、苦難をものともせず逞しく生きる少年時代のミルカが眩しい。少年時代のミルカを演じる子役の力量は目を奪うものだった。また、薄幸な姉とミルカとの強い絆と情愛の描写に、家族を重んじるインドの暖かい心が伝わってくる。そして青年となったミルカとビーローとの淡い恋は、苦難の中で生きるミルカのその生活に、夢幻のような喜びと安らぎを与える。ここでビーローを演じるソーナム・カプールの美しさは、この物語の中でもひとつのハイライトとなるだろう。というかソーナム・カプール、美人過ぎてやばい。

■軍隊時代 / 鍛錬と成長の日々

陸軍に入隊したミルカはその健脚を認められ、鬼教官ヴィーラッパンディヤン(プラカーシュ・ラージ)にしごかれながらめきめきと頭角を現す。やがて国内チャンピオンとなり、さらに1956年のメルボルン・オリンピック参加を果たすことになる。しかし現地で知り合った女性と度を越してラブラブになってしまい、そのせいで予選落ちという惨めな結果となってしまう。ミルカは一念発起し、血反吐を吐くほどの過酷な訓練に挑む。生まれ変わったミルカーは1958年、日本で開催された第3回アジア競技大会で見事優勝、ここから金メダリストとしての快進撃が始まる!
この軍隊時代はまさにスポ根モノの王道をゆく展開だ。ミルカという名はミルク好きということに関係があるのか、「上位成績者はミルクがたらふく飲める」と聞いて鬼神の如く走りをかますミルカーの姿が愉快だ。ここではアスリート同士のイジメや嫉妬、トップアスリートからの見下し、インドと犬猿の仲であるパキスタンのスター選手との確執などを交えながら、それをはねのけて成長してゆくミルカのド根性振りが描かれるのだ。メルボルン・オリンピックでは最悪の結果になったとはいえ、ここでの現地女性との恋はミルカの人間的な一面を垣間見せる。そして地獄の特訓を開始するそのロケーションは、砂漠と山岳に囲まれたインドの秘境ラダックを舞台にしており、この荒涼とした光景を眺められるだけでも素晴らしいものとなっている。そして日本大会の描写では当然ながら日本が舞台!こういった部分がなんとなく嬉しかったりする。多くの艱難辛苦を経て金メダリストの階段を駆け上がってゆくミルカの高揚は、そのまま観る者の高揚となって胸を熱くさせることだろう。

■現在 / 様々な苦難の日々を乗り越えて

ローマ・オリンピックで不可解な敗退ぶりをみせたミルカーに、故国インドでは大きな非難が巻き起こる。傷心の中隠遁状態となったミルカ。そんな彼の元にコーチらが訪れ、インド・パキスタン親善試合に出場してくれないか、と打診する。だがミルカには幼い頃パキスタンの地で過ごした虐殺のトラウマが大きな障壁となっていた。
この【現在】でのシークエンスでは、ミルカーの精神的障壁の「核」と、その葛藤を乗り越えてゆくことができるのか、どうそれを乗り越えるのか描かれてゆく。ローマ・オリンピックで「ミルカ、走れ!」という声になぜミルカは振り向いてしまったのか。暗い記憶しか残されていないパキスタンに赴いたミルカーの心を洗い流したものは何だったのか。全てが明らかにされ、物語は怒涛のクライマックスへと上り詰めてゆく。いや、もう、これには泣かされた。こぶし握って声援を送ってしまった。
この作品は、様々な苦難を体験しながら、それを乗り越えて頂点へと立つミルカという一人の男の姿が描かれるが、その彼の持つパキスタンへの遺恨とその克服は、そのままインドとパキスタンとの遺恨を克服することへの願いに重なっていくのだろう。映画が表現しうるあらゆる要素を詰め込みながら、夢と希望とその大成を描くこの物語は、まさしく映画の中の映画と呼ぶに相応しい堂々たる完成度を持って観る者の胸に迫ってくるだろう。しかもこういったストーリーにもかかわらず、歌と踊りもきちんと盛り込まれ、楽しませることを忘れていない。スポーツにまるで興味のない自分ですら、この作品には十二分に感銘を受けた。見事と言っていい作品だろう。

(※このエントリーは2014年7月18日に書いた『Bhaag Milkha Bhaag』に関するエントリーを日本公開に合わせ若干内容を変更して更新しました)