ミスター・ビン=ラーディンを探して〜映画『ゼロ・ダーク・サーティ』

ゼロ・ダーク・サーティ (監督:キャスリン・ビグロー 2012年アメリカ映画)


CIAによるアルカイーダ指導者ウサーマ・ビン=ラーディン捜索とその処刑までを描く『ゼロ・ダーク・サーティ』は、観ていて居心地の悪い映画だ。
藁山の中から針を探すような乏しい手がかり、一向に成果の出ない焦燥、拷問、賄賂、CIA本部の鈍重な対応と官僚主義、アルカイーダのだまし討ちにより命を落とす仲間たち、定かではない一縷の望みに賭けて決行される作戦。これらは監督キャスリン・ビグローによりひと時も目を離せない緊張感溢れる構成でもって描かれ、決して退屈はしないどころか、映画として実に面白くできている。しかし、政治的な背景を考えると、やはり手放しで傑作と呼んでしまうのがどうにも居心地が悪い。
アルカイーダが実はアフガニスタン戦争の際、ソ連を撹乱するためCIAが資金援助して訓練し武装化した組織であることは誰もが知る事実だろう。そのいきさつの一部は映画『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』でも知ることができる。そのアルカイーダがアメリカに反旗を翻しテロを起こしたわけだけれども、確かに痛ましい事件ではあるが、冷めた目で見るならアメリカ覇権主義の歪さが自らにしっぺ返しを食らわせただけのように思えてしまう。そういった視点で見るならばビン=ラーディン殺害はアメリカが自分の粗相に落とし前をつけただけの話ではないか。アメリカ国民にとってはそれは正義の行使であり当然報復でもあろうが、911事件が日本とは無関係だとは言わないにしても、ひとりの日本人としてはどうも突き放して見てしまうのだ。だから映画としては楽しめても、見終わって居心地が悪いのだ。
この映画を観て思いついた冗談が、これって白人マフィアにたてついた日本人ヤクザが最期全員殺される、北野武のヤクザ映画『BROTHER』を、白人マフィア側から見て作ったらこうなったって映画だよね?というものだ。『BROTHER』は日本からアメリカに渡り、アメリカでシノギを得ていた日本人ヤクザが、現地の白人ヤクザとの抗争に破れ皆殺しされるという映画だ。殺すほうも殺されるほうもヤクザという仁義なき戦い。まるでアメリカとアルカイーダみたいじゃないか。
しかしこの作品では、一人のCIA女性分析官がビン=ラーディンを追い詰めたという、いわばセミ・ドキュメンタリーのような描かれ方をしているが、このCIA分析官マヤという女性は実は存在しないのではないのか、と勝手に想像している。この映画で描かれたマヤは、実際には名前はもちろん、年齢も性別も経歴も(「高卒のCIA職員」として描かれている部分も)全く違う、さらに言えば複数かもしれない人物で、それをあたかも一人の個人のように描いているだけなのではないか。また、個々の作戦は実際にあったとして、作戦指揮、作戦実行場所、それらは実際には違うものであったかもしれない。そしてもちろんそれらの齟齬は、報復を警戒して、ということだ。
もちろんこれらはオレ個人の勝手な推測なので、正しいと主張するつもりは一切無いし、ある意味、こう考えると面白い、といった程度のものだ。だがそうやって勝手に思い込んでこの映画を観ると、「一人の分析官の執念が生み出したアメリカの正義の勝利」というある種のヒロイズムを描いたこの映画が、単に巨大な機構が生み出した政治バランスの一端、という機械的で寒々しいものに見えてきて、この映画の寒々しさに一層マッチするように思えるのだ。

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