■マン・オブ・スティール (監督:ザック・スナイダー 2013年アメリカ映画)
■絨毯爆撃の如き破壊力
ヤヴァイ。『マン・オブ・スティール』が最高にヤヴァイ。『マン・オブ・スティール』は、オレがこれまで観てきたヒーロー映画全てを叩き潰す勢いの、あたかも絨毯爆撃の如き破壊力を持った映画だった。『マン・オブ・スティール』は、ヒーロー映画であると同時に、異世界を描くSF映画であり、家族愛についての映画であり 、分裂したアイデンティティの物語であり、地球侵略SFであり、戦争映画であり、そして凄まじい格闘を描く映画でもあり、そしてそれらの要素が濃縮され、ハイスピードで描写される、恐るべきジェットコースター・ムービーとして完成していたのだ。
■圧倒的な異世界の情景、そして家族愛の物語
冒頭に描かれる、破滅に瀕したクリプトン星の描写にまず息を呑まされる。そこは科学が高度に発達した、光り輝くユートピアのような世界ではなく、荒廃した大地に、奇怪なテクノロジーが蠢く、グロテスクな異世界だったのだ。この冒頭の異世界だけで1本の映画が撮れそうなほどのイマジネーションがここでは炸裂する。そしてそこで生きるクリプトン人は、神の如き能力を持つ神の如き人々としてではなく、怒り、悩み、愛する、人間と何も変わらない人々として登場する。ここで『マン・オブ・スティール』は、リチャード・ドナーによる1978年版の映画『スーパーマン』に敬意を表しつつも、全く違う切り口でスーパーマン物語を紡ごうとする態度を高らかに表明する。
そして地球に到達した幼いスーパーマン/カル=エルを拾い、クラークと名付けて育ててきたケント夫妻との家族愛。このケント夫妻を演じるのが、なんとケビン・コスナーとダイアン・レイン。映画の予備情報を全く仕入れずに観に行ったものだから、この豪華な顔合わせにまずびっくりした。アメリカ・カンザスの片田舎で、特殊な能力を持つがゆえに孤独な少年時代を過ごすクラーク、そして自らのアイデンティティに悩み、アメリカを放浪する青年クラーク。そんなクラークに、本当の親ではないのにもかかわらず、愛情を注ぐことを忘れない両親。クラークがその能力のせいで周囲から疎外されないよう、身を挺して守り抜こうとする父ケントのエピソードは、この物語前半で最も感情を揺さぶられるものと言えるだろう。
■自分とは誰なのか?
若きクラークの孤独と漂泊は、自分が何に属し、自分が何を愛し、誰を愛するのか、それを見つけ出すための長く苦しい思索期間だった。そしてそれは、自分とは何なのか?自分はどう生きるべきなのか?という答えを見つけ出すための期間でもあった。そう、この『マン・オブ・スティール』は、孤独と漂泊の果てに、【自分とは何者であるのか?】を見つけ出す男の物語でもあったのだ。それはつまり、【自分=スーパーマンは、なぜこの世界を守るのか?】というその基本を確固とする為の作業だったのだ。
このクラークにからんでくるのがエイミー・アダムス演じるロイス・レイン。背後に「アメリカとは何か?」というテーマを孕むスーパーマンの物語だが(異星人でさえ移民として受け入れ、そしてアメリカの独自性の為に奉仕する、というのが実はこの物語の根底にある物なのだろう)、そのアメリカ女らしい十分なはねっかえりぶりが微笑ましい。ロイスが務めるデイリー・プラネット社の編集長ペリー・ホワイトがローレンス・フィッシュバーン。彼の登板も知らなかったので、この登場にも驚いた。それにしても凄い配役だなあ。
■最凶の敵役ゾッド将軍
そこに登場するのがクリプトン星の謀反者、ゾッド将軍とそのコマンドたちだ。彼らの黒く悪辣な出で立ち、そのコスチュームがまずいい。彼らの駆るスペースシップと小型移動機の、やはり漆黒の禍々しいデザインがいい。このゾッド将軍を演じるのがマイケル・シャノン。今一番狂気を宿した目つきをした俳優の一人だろう。個人的には『テイク・シェルター』や『プレミアム・ラッシュ』のブチキレ演技が記憶に新しい。その相方を務める女兵士ファオラ=ウルにアンチュ・トラウェ。誰かと思ったら傑作SF映画『パンドラム』に出演していた女優さんだった。このファオラ=ウルの氷のような冷徹さ、残虐さ、そして強さは敵ながら痺れた!
ゾッド将軍以下コマンドたちは電光石火の動きで疾風怒濤の戦闘をスーパーマンに繰り出してゆく。あたかも瞬間移動をしているかのようにさえ見えるその戦闘方法は、スーパーマンでさえ手こずり、敵役としてほぼ互角の強力さを兼ね備えているのだ。その彼らがいよいよ地球を破滅させるための最終兵器を稼働させようとするのだが、これがよくあるようなビームやミサイルなどの単純な大量破壊兵器ではなく、最終的な使用目的の存在するSF兵器であるという点が斬新で素晴らしい。そして一度稼働し始めたこの装置の破壊力と、じわじわと確実に破壊が拡大してゆく都市の崩壊ぶりが、圧倒的なCGIで恐怖を生み出してゆく。この『マン・オブ・スティール』、地球侵略SFとしても画期的な描写を見せているのだ。それに相対するのはスーパーマンだけではない。アメリカ軍が結集しゾッド軍団と応戦する様は戦争映画の様相さえ呈している。
■史上最大・地球最速の格闘!
そしていよいよゾッド対クラークの一騎打ちとなるわけだが、地球最強の男と、その最強の男と互角の力を持つ敵との勝負、これがただで済むわけがない。天を駆け、宙を舞い、地を滑り、この地球上では有り得ないような強大な力と力が衝突し、有り得ないようなスピードとスピードの応酬が繰り出され、その結果有り得ないような大破壊が次々と巻き起こる。それは史上最大・地球最速の格闘だ。なんとたった一回の拳のぶつかり合いで、ビルが一個崩壊する!そんな戦いが延々と展開されるのだ。
このクライマックスの戦いの凄まじさ、そのパワーとスピードと破壊を圧倒的なまでに視覚化した物凄さと言ったら、映画館で観ていたオレの両隣のお客さんは、ムンクの叫びみたいなポーズで座席に固まっており、そんなオレはというと「あわわ、あわわ」と口を「∞」の形に大開きにしてやっぱり座席に固まっていた!こ、こんなの観たことない…うおおお、ザック・スナイダーちょっと本気出し過ぎだよ!?ここまでやっちゃうのかよ!?既に映画を観た方の多くは「これこそがドラゴンボールの実写!」と言われていたが、オレなんかは「これAKIRAだよ、っていうかAKIRAの映画化もう必要ないよ…」と思えてしまったぐらいだ。
■ヒーロー映画の新たなるマイルストーン
この夏は某や某や某などの名作、傑作の誉れ高い作品が目白押しだったが、実はどれもオレは乗ることが出来ず、これは映画の出来とか好み以前に、もうオレもすっかりジジイだし、感受性自体が枯れ果ててしまったからなのかな…などと若干寂しくがっかりな気分だったのだ。しかしこの『マン・オブ・スティール』は違った。オレはもう、猛烈に興奮してしまったのだ。この夏はオレにとって、『マン・オブ・スティール』を観る為に存在していたのではないかと言っても過言はないぐらいだ。
『マン・オブ・スティール』にはヒーローのルサンチマンも人格的欠損もない。オチャラケもなく若気の至りもない。さらにはもったいぶった悲壮さもなく、かつて葛藤はあったとしても今は苦悩さえもない。ただ守るべきものがあり、守る人がいるだけだ。これはなんとストレートで、潔いヒーローなのだろう。確かにその反面、スーパーマンの物語はキャラクターの陰影に欠けた聖人君子的なつまらなさも存在するのだけれども、エクスキューズのないヒーローを正面から描ききった『マン・オブ・スティール』は堂々として見事であり、そして格別な爽快感に満ち溢れている。だからこそ、『マン・オブ・スティール』はヒーローとは何か、という原点に還った素晴らしい作品として完成しており、そしてそのマイルストーンとなるべき映画として、長く語り継がれることになるのは間違いないだろう。
http://www.youtube.com/watch?v=CfRMW37AA7g:movie:W620
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