■コズモポリス (監督:デヴィッド・クローネンバーグ 2012年フランス/カナダ/ポルトガル/イタリア映画)
クローネンバーグの新作はドン・デリーロの同名小説を映画化したものだ。主人公はその天才的な手腕で億万長者となった若き投資家エリック・バーカー。金とセックスにまみれた毎日を送る彼が破滅へと至るたった一日の出来事を描いたのがこの『コズモポリス』だ。
エリックのオフィスはハイテク化された改造リムジンだ。彼はマンハッタンの街にリムジンを走らせながら、この中で世界の金を動かし、仕事の指示を出し、助言を受け、食事をし、酒を飲み、健康診断を受け、セックスをし、排泄をする。このリムジンの中で全ては行われ、全ては完結している。いわばこのリムジンはエリックの小宇宙であり脳の中であり、ある意味この映画のもう一人の主人公といえるかもしれない。
ハイテク制御され世界の金融状況がディスプレイに踊るサイバーなリムジンはしかし、SFチックな格好良さを感じさせるどころかクローネンバーグ映画の小道具らしく実に"厭な"雰囲気を醸し出す。それは『ザ・フライ』の電送ポッドのようでもあるし『イグジステンズ』のゲーム機のようでもあるし、あるいは『戦慄の絆』の手術用具のようですらある。要するにどこか冷たく禍々しく、非人間的で、不快なのだ。
そしてこのリムジン世界を中心に動いていく物語もどこか冷たく禍々しく、不条理感に満ちている。物語は殆どがリムジンを訪れる者たちとの会話で進行してゆく。ある意味会話劇と言っていいほどの膨大な台詞量だ。これは原作小説の台詞をほぼ全て抜き出して構成されたシナリオによるものだ。会話の内容は原作である文学小説ならではの観念的な修辞技法が張り巡らされ、このテキストだけで物語が明快に理解できるとは決して言い難い。なにより頭でっかちで理屈っぽくて最初は辟易させられる。
逆に一見無意味のように思える台詞・行動に主人公の持つ背景や内面的葛藤が現れていたりもする。億万長者の主人公は何故安っぽい食堂で飯を食いラッパーの死に涙するのか。それは主人公が元は低所得者層からの成り上がりだったからではないか。様々な人々が訪れるリムジンに妻だけが訪れない、というのは二人の関係の明確な暗喩ではないのか。そして何故主人公は床屋に行くことにあれほどまでに拘るのか。それは床屋に行く、という単純な行動に固執することにより、破産という巨大な不安から目をそらそうとしていたのではないか…等々。
しかし一見難解のように思えるこのシナリオ構成は、一つ一つの意味を汲み取ろうとするのではなく、むしろ混沌という名のノイズ、佯狂という名の目くらまし、あるいは無意味化した世界の戯言だと受け取って聞き流しても良いかもしれない。
そもそも、マネートレーダーの虚無感だの、億万長者の破滅だの、世界経済の終焉の予兆だの、そんなものは本当は、どうでもいいのだ。観念的な世界に長く生きたばかりに生の実感を喪失した男の悲劇、というお行儀のいい解釈も、当たりが良すぎてつまらない。監督デヴィッド・クローネンバーグはそんなものをテーマにしたくて映画を撮ったわけでは決してないのだ。そんなことよりもこの映画の本当の楽しみは、ハイテク・リムジンに代表され、そしてそのリムジンの中だけで完結しようとする異様な人間性を描くクローネンバーグの変態性、これに尽きるのだ。そしてそうしたテクノロジーに弄ばれ、変質し、自滅する、『ビデオドローム』や『クラッシュ』でもさんざん描かれてきたクローネンバーグらしい崩壊感覚、それがやはりどこまでも暗い愉悦を観る者に与えてくれるのだ。
一見難解であり、文学的でもあるこの物語は、実は非常にクローネンバーグらしい異常さを垣間見せてくれる逸品として仕上がっているのだ。ある意味ドラッグと幻覚抜きの『裸のランチ』と言うことができるかもしれない。実際、観ている間は会話がウザくて閉口していたんだが、見終わった後、じわじわときますよ、この映画。
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