今年面白かった本あれこれ

と言うわけで年の瀬も押し迫ってまいりました。今週は今年の日記の総集編ということで、今年面白かったコミックや本、音楽、ゲーム、そして映画についてそれぞれエントリを挙げていきたいと思います。まず最初は今年読んで面白かった本などをつらつらと。まあもともとあんまり本は読まないほうだし、新刊というよりも重要本や名作を読んだ年でした。

◎ノンフィクション

ノンフィクションって実は今まで全然読まなかったんですが、今年はこのジャンルの鉄板といえるような本をやっと今頃読みました。『銃・病原菌・鉄』は文庫本になったのがきっかけで、『夜と霧』は一度読むべきなんだろうなあと思っていたのをやっと手にすることになりました。

■銃・病原菌・鉄−1万3000年にわたる人類史の謎(上)(下) / ジャレド・ダイヤモンド

文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫) 文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
人類社会には何故富と権力の格差があるのか。欧米白人と一部の有色人種、少数民族の豊かさがこれだけかけ離れているのは何故なのか。それは遺伝的・人種的優位・劣勢のせいなのか?アメリカの進化生物学・生理学・生物地理学者でありノンフィクション作家のジャレド・ダイヤモンドは、フィールド・ワーク中のニューギニアにおいて、あるニューギニア人政治家の「何故我々ニューギニア人は"持たざる者"なのか?」という問い掛けから、この膨大な著作を生み出した。作者は人類1万3000年の歴史を遡り、考古学のみならず、地理、資源、環境変動、植物学、動物学、言語学、遺伝子学、人類学、その他諸々の学術的情報と推論から、「何故現代社会における格差は成り立ってしまったか」を導き出す。【レビュー】

■夜と霧 / ヴィクトール・E・フランクル

夜と霧 新版

夜と霧 新版

世界的な名著として名高い、ナチスによる絶滅収容所に送り込まれた一人の心理学者の体験記である。読んでいる間中、自分の周りを取り囲む現実の表皮が引き剥がされ、冷たい暗黒の宇宙をどこまでも漂っているかのような非現実感に襲われていた。人が人に対してどれだけ非道になれるのか、そしてその非道な仕打ちの中で人がどこまで正気と人格を保って耐えて行けるのか、その残酷なテストケースを見せられているようだった。【レビュー】

◎SF

サイバラバード・デイズ』はインドを舞台にしたサイバーSFというのが面白かった。『アンドロイドの羊の夢』は非常に優れた冒険活劇でした。

サイバラバード・デイズ / イアン・マクドナルド

サイバラバード・デイズ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

サイバラバード・デイズ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

作品の魅力はなんと言っても舞台となるインド世界独特のむせ返る様なエキゾチズムだろう。ロボット兵器や超AI、生物工学などのSFにはお馴染みのテクノロジーが登場しながら、それと同時にインド5000年の文化と歴史が未だ連綿と存在し、ヒンドゥーの神々の名が作品のここかしこにちりばめられ、インドならではの娯楽産業と社会問題と価値観、世界におけるIT大国としてのインドの立ち位置、そしてインドの地勢に由来する天候や環境の様子が人々の生活に影響を与える様子などが、欧米白人文化圏を舞台としたSF作品とは一味も二味も違う、ある意味「マサラSF」とでも呼びたくなるようなスパイシーかつこってりとした味わいを作品に醸し出しているのだ。【レビュー】

■アンドロイドの羊の夢 / ジョン・スコルジー

アンドロイドの夢の羊 (ハヤカワ文庫SF)

アンドロイドの夢の羊 (ハヤカワ文庫SF)

メッチャ面白かった!!「屁」による異星人要人殺し、というトンデモな発端から始まるこの物語、「なんじゃこりゃ!?」と思う暇が有らばこそ、お話はあれよあれよという間に大風呂敷を広げ始め、剣呑な異星人相手に地球政府の人類存亡をかけた権謀術策が渦を巻き、その只中に放り込まれたタフな主人公とヒロインのアクションに次ぐアクション、追いつ追われつの絶体絶命の逃亡劇が連打して、そんな物語の要所要所に思わずくすりと笑っちゃうユーモアが散りばめられ、さらに10ページに1個は短編1作に匹敵するようなSFアイディアをこれでもかと盛り込み、500ページあまりのページ数をあっという間に読ませてしまう、昨今読んだSF小説の中でも傑作中の傑作と呼んでいい作品がこの『アンドロイドの羊の夢』だ。【レビュー】

◎古典文学

今年は古典文学にも挑戦してみました。"シェイクスピア四大悲劇"と呼ばれる『リア王』『マクベス』『ハムレット』『オセロー』を立て続けに読んだのはいい読書体験でした。『失楽園』はキリスト教世界を描きながらもこんなにも面白い作品だったとは!と目から鱗でした。

■"シェイクスピア四大悲劇"

リア王 (光文社古典新訳文庫) マクベス (新潮文庫) ハムレット (新潮文庫) オセロー (新潮文庫)
それにしてもシェイクスピアの悲劇作品というのはすべてがある種の【狂気】の物語なんですね。【悲劇】というよりも【狂気】なんですよ。人というのは様々な感情を持った生き物ですが、その感情のどれか一つが他を圧倒し、"それ"だけが一人の人間の唯一絶対の感情となる、いうなれば妄執であり強迫観念ということができますが、【狂気】というのはそういったものなんですね。逆に言えば【狂気】という形を取って人間のたった一つの感情を徹底的にクローズアップしてゆく、そしてその生々しさと激しさを徹底的に描ききる、それが【シェイクスピア四大悲劇】の本質なんではないのか、そんなことを感じましたね。【レビュー】

失楽園 / ジョン・ミルトン

失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2) 失楽園 下 (岩波文庫 赤 206-3)
なにより感動的だったのは、イヴが教えを破って知恵の実を食べたことを知ったアダムが、しかしイヴへの愛ゆえに、彼女と共に同罪に落ちるために知恵の実を食べる、というくだりです。知恵の実を食べたアダムとイヴ、という話は知ってはいても、その動機には二人の【愛】が隠されていたのだ、という解釈には非常に切ないものを感じました。さらに神の怒りに触れ、楽園の追放を言い渡され、その子孫にも永劫の苦しみが待っている、と知らされた二人は、一度は死を考えながら、それでもやはり、生きてゆこう、そして、子孫を残してゆこう、と誓うんです。二人は、生は、実は苦痛ばかりなのではない、生きていることは、それ自体が祝福なのだから、だからこそ、生き続けるということは、その祝福を成就する行為なのだ、ということを悟るんですね。そして、楽園を追放された二人は、茫漠たる荒野へ、最初の一歩を記すんです。ある意味このクライマックスは、アダムとイヴの凄惨なるラブ・ストーリーとして完結するんですよ。【レビュー】

◎ロシア奇想小説

奇想文学の中でも非常に名高いロシア産のこの2作品、そのとんでもない展開はそのまま本を読む醍醐味そのものでしたね。

巨匠とマルガリータ / ミハイル・ブルガーコフ

巨匠とマルガリータ (上) (群像社ライブラリー (8)) 巨匠とマルガリータ〈下〉第2の書 (群像社ライブラリー)
ミハイル・ブルガーコフの奇想小説『巨匠とマルガリータ』はモスクワの町に悪魔が現れて人々を翻弄し、てんやわんやの大騒ぎが繰り広げられる、という物語だ。しかしその悪魔は別に人間に悪さをしたいから現れた訳はなく、ある目的があってモスクワに出現したのだけれども、その段取りの中で人間たちが悪魔の差し出す餌にまんまと引っ掛かったり、またはご機嫌を損ねたりして、最終的にみんなとんでもない目に遭ってしまう、という訳なのである。しかしそんなブラックなスラップスティック・ドラマとは別に、時間を遥か遡り、キリストの処刑とそれを決定したピラト提督の苦悩が描かれるパートがこの小説には挿入される。そしてこのパートが、現代の悪魔篇のコミカルなドタバタと対比を成すかのように、静謐さと懊悩とが交差する、非常に文学的かつ思弁に満ちた文章で、美しい。【レビュー】

■青い脂 / ウラジーミル・ソローキン

青い脂

青い脂

一読して思ったのは縦横に溢れ返った才気を持つ小説作家が、その文学的経験値でもって「ロックンロールしようぜ!」とばかり己がルーツであるロシアとロシア文学を卓袱台の如く引っ繰り返し、その引っ繰り返された食材を自在なカンバスの上で想像力と妄想力で並べ直し、嘲笑と下ネタの毒々しくイカ臭い絵の具で塗りたくり、俗なサイエンスフィクションのフレーバーをタバスコのようにぶっかけて、アナーキーで挑発的なシュールレアリズム絵画をドカーンと描きあげましたあ!といったアバンギャルド小説だ、ということだ。なぜこんなにハチャメチャかつ奇想天外なのか?それはもう想像力の血潮が滾り莫迦な事がやりたくてどうしようもないからだ。文学で莫迦な事をしたい、それも文学を使って、これに尽きる作品なのだ。体よくまとめたり緻密に構成したりなんてしゃらクセエ!ロシアはさみいんだよ!ウォッカ飲ませやがれ!そういう作者の魂の叫びが聞こえ…てくるわけではないが、例えば膨大なエクスプロイテーション映画の知識を総動員してそれらを濃厚抽出し刺激的な娯楽映画を再構築してみせたクエンティン・タランティーノなんかが意外と似ているかもしれない。【レビュー】