ジャック・タチの『ぼくの伯父さん』シリーズを観た

このあいだシルヴァン・ショメのアニメ『イリュージョニスト』を観たんですが、その脚本を書いたというジャック・タチに興味を覚え、実は全然知らない人だったので彼の映画をちょっと観てみることにしました。1907年フランスに生まれたジャック・タチはハリウッドのサイレントコメディ映画に影響されて自らもコメディアンと映画監督をめざし、1949年に長編映画デビューを果たします。

■ぼくの伯父さんの休暇 (監督:ジャック・タチ 1953年フランス映画)

ぼくの伯父さんの休暇 [DVD]

ぼくの伯父さんの休暇 [DVD]

彼の代表作と呼ばれるのは長編第2作『ぼくの伯父さんの休暇』と第3作『ぼくの伯父さん』。『ぼくの伯父さんの休暇』はまだ白黒映画であり(カラーで撮られたのだが当時カラー上映設備の整った映画館が少なかったために白黒に落とされたらしい)、既にトーキーでしたが彼の敬愛するサイレントコメディにならって台詞はほとんどなく、ジャック・タチ演ずる中年男性ユロ氏のとぼけた味わいと、ジャック・タチが長年得意としていたパントマイムの生む絶妙な動きが可笑しみを生むコメディとして完成しています。
『ぼくの伯父さんの休暇』は海辺の避暑地へバカンスにやってきた主人公ユロ氏が周りの旅行客やホテル従業員を巻き込んで大騒動を起こすというもの。物語らしい物語はなく、細かなコメディ・シーンが積み重なって一本の映画になっています。さて初めて観たジャック・タチのコメディなんですが、これが実に品があるんですよ。自分はこの時代のコメディを多く知っているわけではありませんが、例えばアメリカのマルクス・ブラザースなどと比べると、クレイジーさやハチャメチャさ、といった躁的で攻撃的な笑いではなく、そういったものから一歩引いた、小粋でセンスのある笑いを生み出しており、それはある意味優雅とさえ言えるんですね。ですから強烈な笑いを期待すると物足りないかも知れませんが、実にフランスらしいエスプリに満ちた笑いを堪能できるんですね。それとあわせ、半世紀前のフランスの避暑地の光景が、実に美しいんですよ。吹く風の爽やかさや日差しの温もりまで伝わってくるような、伸び伸びとした素晴らしい空気感を醸し出しているんですね。さらに登場人物たちの洋服が粋で見ていて楽しかったりするんです。『ぼくの伯父さんの休暇』はまさに古き善きフランスならではのコメディと言えるのではないでしょうか。

■ぼくの伯父さん (監督:ジャック・タチ 1958年フランス映画)

ぼくの伯父さん [DVD]

ぼくの伯父さん [DVD]

タイトルは似ていますが上で紹介した『ぼくの伯父さんの休暇』とは直接関係の無い物語です。ちなみにこちらはカラー。物語はパリの下町に住むユロ氏が、お金持ちの住む全自動住宅に呼ばれて大騒動を起こしたり、プラスチック工場に就職して滅茶苦茶にしたり、といったコメディです。このお金持ちの全自動住宅というのがおそろしくモダンで、一昔前の未来SF映画を見せられているようなレトロフューチャー感覚に溢れているんですね。しかしユロ氏は頓珍漢なことばかりやらかして全自動住宅に呼ばれたハイソな客たちを困らせます。オートメーション化されたプラスチック工場での騒ぎでもそうなんですが、この映画では一貫して機械化されているものを笑いものにします。つまりこれ、ジャック・タチ流の『チャップリンのモダンタイムス』なんですね。かと言って声高な文明批判や金持ちへの皮肉を描いているわけではありません。ユロ氏が全自動住宅や工場で散々な目に遭って帰るのは昔ながらのパリの古臭いけどとても落ち着く住宅街と、そこに住む気の置けない町の人たちのもとなんです。まるでユロ氏が「僕は、昔ながらのフランスが好きなんだよ」と言っているようなんですね。きっと監督タチは、昔からあるものをずっと大切にしたくて、こんな映画を撮ったのかもしれませんね。