これはオレがまだ20代半ば、北海道の田舎から東京に上京して数年ほど経った頃の話だ。
12月の終わり頃だった。夜半オレのアパートに訪ねてきたやつがいたのだ。ドアを開けると友人のNが立っていた。そしてその後ろにはどう見ても日本人じゃない女性が一人。「やあフモ。」厭に明るい表情が気になった。後ろの女性の存在をいぶかしく思っていたオレに彼は一言、「今晩泊めてくれないか?」といきなり切り出す。「はあ?泊めるって…その女の人は?」訳が判らず聞き返すオレ。「ああ、俺のガールフレンドだ!いや、いろいろ訳があってさ。」取り合えず二人を部屋に上げたが、状況がもはや尋常ではない。安普請の狭いアパートの部屋に三人で腰を下ろすが、オレは見知らぬ女性の存在が気になって仕方が無い。「なんなんだよいったい。」女性をちらちら見ながら問いただすオレに友人Nはその事情というのを話し始める。「彼女、ナンシーっていうんだ。」促され、会釈する女性。「実は俺、逃げてきたんだよ。」
まとめるとこんな話だ。彼女ナンシーはフィリピンパブのホステスだった。友人Nはそのフィリピンパブで彼女を見初め、足げく通い詰めていた。ある日Nはナンシーに、彼女がこんな店で務めている事情を訊いたのらしい。話によるとフィリピンには偽造旅券を発券して簡単に日本に出稼ぎに行かせてくれる業者がいたらしく、彼女はそれを頼って日本に来た。そしてお決まりのように水商売につかされ、裏業者の日本の親玉の情婦となった。当然ヤクザである。彼女はそれが厭で厭でたまらなかった。そしてそれを聞いた友人Nは、彼女を不憫に思い、思い余って二人で駆け落ちする事にしたのだという。しかし駆け落ちするにも、Nは彼の勤める建築会社の共同アパートに住み込みで住んでおり、そのアパートに彼女を連れ込むわけにも行かない。それで彼はアパートを抜け出すと、東京に住む彼の弟から借りた車に彼女と乗り込み、一週間行くあても無く車の中で二人で寝泊りしていたのらしい。だがそんな生活は当然きつい。それで、同じ東京に住むオレを頼って、今日やってきたのだと言う話だ。
Nはオレと一緒に北海道から上京してきた男で、地元にいた頃もかなり仲良く付き合っていた。言ってみれば無二の親友ぐらいの付き合いだった。だが、幾ら仲がよくても、この状況はかなり異常だ。
「逃げてきたって言ったって、これからどうするんだよ。」とオレ。
「ううん…。仕事見つけてどこかにアパート借りて、二人で一緒に住もうと思ってるんだ。」
「…。」
「それまで住まわせてくれよ。」
「…。」
今から考えると、どうしたって断るべきだったのだ。そんな行き当たりばったりな行動が正しい訳がない。そして逃げてきたと言う事は、会社にも家族にも言っていないという事だろう。当然誰もが心配するはずだ。しかし彼はそんな事など考えてもいないようだった。自分の極端な行動に頭が麻痺していたんだろう。そしてそれはオレも同じで、行く当てがない、という彼等の状況に気圧される形で宿泊を許してしまったのだ。
「一週間でどうにかしろ。それ以上はダメだ。」
「ありがとう。」
「…。」
しかし泊まるとは言っても、オレのアパートはたったの一間、友人のガールフレンドだかなんだか知らないが、見知らぬ女の子がこれから暫くオレの近くで眠る事になるのだ。もとより女っ毛のない生活を続けていたオレには有り得なさ過ぎる状況だ。
「あのなNよ。」
「うん。」
「少なくともオレが眠っている時には横でエッチなんかすんなよな。」
「…判った。」
まあ、本当の問題はそこではないはずなんだが。
そういう訳で、オレと友人と、友人のガールフレンドの外国人女性との奇妙な共同生活が始まる事になったのである。
(続く)