■没落のスペイン帝国
17世紀、かつて世界の覇者として栄光の日々の続いていたスペイン帝国は今や衰退し、没落への道を歩んでいた。この混乱の時代、様々な戦いにおいて伝説を残す一人の男がいた。彼の名は"カピタン"アラトリステ(ヴィゴ・モーテンセン)。時には傭兵として、時には刺客として、そして反乱者として、アラトリステは落日のスペインを駆け抜けてゆく。
ヴィゴさま主演の歴史スペクタクルである。ヴィゴさまファンであればその滴るような男の色香にいろんな部分を鷲掴みされるに違いない。かくいうこのオレもちょっと鷲掴みされた。物語は八十年戦争、ブレダの包囲戦、三十年戦争、ロクロワの戦いと、スペイン戦史に実際に存在する戦いに赴くアラトリステの姿が描かれ、ヨーロッパ史の好きな人も楽しめるに違いない。ちなみにこれらの戦いはオレはググって初めて知ったが。
■激しく血なまぐさい戦闘シーン
映画はこの17世紀の戦争の様子が一つの見所になっているだろう。川を渡る際に腕に括りつけた銃の火種を消さないよう手を挙げて渡ったりとか、塹壕の中の持久戦、地下深く坑道を掘ってのゲリラ戦、それに対する硫黄を使用した毒ガス戦など、これらの戦いの様を見ると第一次世界大戦の幾つかの戦法は既にこの時に存在したのだな、ということが分かったりする。しかし逆に、荒野での白兵戦などは戦闘途中で降伏の是非を問う談合が行われ、この辺は中世からの戦闘作法がそのまま受け継がれていたりもする。
もうひとつは、銃と砲弾によるこういった近代戦の胎芽とは別に、1対1の剣劇としてしての面白さだろう。日本のチャンバラと違い、細身の長剣と短剣の二刀流の構えであいまみえるさまは、新鮮であり緊張感に溢れていて「剣士アラトリステ」の魅力を十分に伝えることだろう。ただ、白兵戦での短剣による戦闘もそうだが、リアルに描写している分、相当血なまぐさく残酷な映像に仕上がっていて、銃撃戦なんかよりもかな〜り痛そうに見えるから苦手な方は注意したほうがいい。
■大河小説の映画化
こういった戦闘シーンはよく出来ているのだが、お話の方は小さなエピソードが細切れに語られ、それらが単に時系列ごとに並べられているような作りになっており、物語の大きなうねりというものを感じることが出来ないまま進行してしまう。そこで語られる人間ドラマも演出不足なのかどうにも平板で、さらに細切れである為人間関係も把握し難く、途中から「今何が起こってるの?」なんて疑問符を浮かべながら観る羽目になってしまった。というかねえ、男はみんな黒装束で口髭生やしているから見分けつかないんだよ!
なんでこんな作りになったのかなあ、と観終わってから調べたら、この『アラトリステ』は邦訳だけでも現在5巻に上る大河小説であり、映画はその5巻にある各エピソードを摘み食いするように映像化したものらしいのだ。各エピソードはそれなりに見せるものがあるし、主人公アラトリステも実に魅力的なのだが、決して出来が悪いわけでもないのに結局最後までクライマックスらしいクライマックスを迎えることなく終わってしまい、その辺が実に残念だった。お陰でこの煮え切らない思いを払拭するため原作本を買ってしまったぐらいである。こんなことも珍しい。
コスチューム・プレイだけあって衣装は美しく楽しい。スペイン帝国といえば史劇でも悪役が多く、黒を基調としたその衣装は重苦しく威圧的な雰囲気を常に漂わせている。没落しつつあるとはいえ、当時のスペイン帝国の"尊大で傲慢"な政治的態度が見え隠れもするし、そのコントラストの鮮やかさと激しさは、太陽の国スペインの光の眩さと闇の深さをうかがい知る事も出来そうだ。映画的には惜しい部分の多い作品だったが、「アラトリステ」の物語には、どこかひどく惹かれるものを感じた。
■Alatriste Trailer
http://jp.youtube.com/watch?v=LACbRkTghiU:MOVIE
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