二人がここにいる不思議 / レイ・ブラッドペリ

二人がここにいる不思議 (新潮文庫)

二人がここにいる不思議 (新潮文庫)

アメリカを代表するファンタジー作家レイ・ブラッドベリの短編ファンタジー集です。暫く積読してたんですが「Panic Party」のあやさん(id:lockedroomさん)がお薦めしていたのでやっと重い腰を上げました。


それにしても最初の『生涯で一度の夜』がなにしろ秀逸なんです。実は読み初めて5ページぐらいで涙腺緩みっぱなし…。電車で読んでいたんですが、もうそこで辛くなって本閉じちゃいました。これ以上読むと電車の中でボロボロきちゃいそうでヤヴァかった。というか今こうして書いているだけでも思い出しちゃってウルウルしています…。
泣かせる話とかいうのではないんですよ。なんて言うんでしょう、今まで忘れていたり忘れた振りをしていたものが甦ってしまったような感覚。生きていくということはいろんなものに幻滅してゆくことでもあるけれど、かといって立ち止まってばかりいられない。しんどくても生き続けなければならないし、前に進まなければならない。現実的に生きるということはそういうことだけれども、その為にいろんなものを切り捨ててゆく痛みというのはあって、でもそれは普段無かったことにして生きているんだと思う。しかしある日、かつて自分の無垢な思いであったものが、どうにも無防備に目の前に現れたら。そしてそれを一瞬の刹那だけ、生涯で一度だけの夜に手にすることが出来たら。…そういう物語です。


この短編集では傾向として全体的にホラー・ファンタジーの要素が強いものが多いです。しかしホラーといってもそれは身の毛もよだつようなお話というわけではなくて、子供の頃に枕元で聴かされるちょっぴり怖い童話のような、そしてハロウィンの骸骨や魔法使いや蝙蝠のような、ノスタルジックなファンタジーなんです。例えば映画『ナイトメア・ビフォー・クリスマス』みたいなイメージを思い浮かべて貰えるといいかもしれません。このへんのセンスが大人から子供まで受け入れられ、アメリカでは誰もが知っている作家としてその人気を不動のものとしているのでしょう。


そんな中で他に目を引いた作品は普通小説ですが『ローレル・アンド・ハーディー恋愛騒動』。男女の出会いと別れをアメリカ往年の人気コメディアン、ローレル・アンド・ハーディーに絡めて描かれたこの短編は、スウィング・ジャズのBGMを流したくなるようなリズミカルで軽快な筆致で描かれ、切ない別れをさわやかに締めくくります。


ブラッドベリは10代の頃とても好きな作家でした。と言いつつ、最も有名な『火星年代記』や『華氏451度』は読んでおらず、『刺青の男』や『黒いカーニバル』などの短編集も読んでおらず、『10月はたそがれの国』という短編集をひたすら愛し、何度も何度も読んでいたのです。あの短編集『10月はたそがれの国』は、10代の頃のオレの心象風景とまでなっていた”特別の”一冊でした。


最後に、解説で知ったトリビアジョン・ヒューストン監督の映画『白鯨』の脚本は、レイ・ブラッドベリが書いていた!(更に言うとコーヒーチェーン店「スターバックス」は『白鯨』に登場する一等航海士スターバックからとられていた!)

10月はたそがれの国 (創元SF文庫)

10月はたそがれの国 (創元SF文庫)