トム・ヤム・クン! (監督 プラッチャヤー・ピンゲーオ 2005年 タイ映画)

タイのある小さな村で暮らすカームは象の親子と家族同然に過ごしていた。その象親子が何者かに奪われ、カームはそれが国際密輸組織の仕業と知る。そして象たちが密輸されたオーストラリアへとカームは向かう。象たちを取り戻すために、秘密結社を壊滅させるために。

『マッハ!』で世界の檜舞台に踊り出たトニー・ジャー、そして監督プラッチャヤー・ピンゲーオの新作アクション映画。これが、凄い!!想像を遥かに超える出来で呆然とした。


映画とはこれだ。映画黎明期に『活動写真』と呼ばれ目の前でただ”動く”ということのみが驚きをもって迎え入れられていた映画そのものの喜びがここにある。”動く=アクション”という事の歓喜。お話がどうしたと言うんだ。そんなもの通勤電車で文庫本でも読んでろ。これは映画だ。ただひたすら有り得ない、想像もつかないアクションが目の前に展開する、”観る”という事の快楽。そして”勝つか負けるか””一番強い奴は誰だ?”という、シンプルでどんな人間にも伝わる判り易さ。人間の脳の原始的な部分を刺激するアクションの連続。小難しいことを言う映画はもういらない。ただただ戦いの法悦に酔い痴れろ!


思えば、『マッハ!』は”ムエタイとは何か”を見せた映画なのだと思う。いかにムエタイという格闘技が一撃必殺のものであるか、観客はそのすさまじい破壊力に驚く、というものだった。しかしこの『トム・ヤム・クン!』ではさらに”今現在アクション映画には何が可能か”というところまで踏み込んだ映画として完成したのだ。


タイ運河を舞台にした爆破連続のボート・チェイスインラインスケート、モトクロス等を操るエクストリーム軍団との死闘、超絶異種格闘技戦、飛び立つヘリコプターへの驚異のダイブ、もう、これ1本で3,4本の映画のアイディアをぶち込んでいるのではないかと思わせる畳み掛けるようなアクション!


凄かったシーンを並べていけばきりがないが、例えば4階建ての円形階段を駆け上りながら、向かってくる敵を次々となぎ倒してゆくシーン、これ、カメラ1台で4分間ノーカットノンストップで撮られたアクションなのだ。4分間とは言うが、一時も休むことなく数十人の相手とのアクションシーンが続くのだ。入念なリハーサルと打ち合わせがあったればこその撮影だったろう。(なんと1週間掛けて5テイク撮影されたという。)そして、見ているこちらも4分間の緊張感の持続という恐るべき映画体験を味あわせられる。そのアクションの多様さから、10分ぐらいは続いていたと思えたぐらいだ。それだけ凝縮されたシーンであるのだ。


トニー・ジャーを評して「華がない」と言っていた評論もあったが、むしろオレはもう甘いマスクのペットみたいなアクションスターなど願い下げだ。憤怒と剛力が表情全体からほとばしる男。ただひたすら戦う以外は何も出来ない男。そんな無骨さとストレートさを持ち合わせればこそ、誰にも真似出来ない唯一無二のアクションが生み出されるのだ。


そしてタイの自然が、文化が、風俗が、人々がどれも美しい。シンプルなアクション映画であると同時に、これはタイという国の素晴らしさを訴えかける映画でもあるのだ。


敵役もどれも個性が光っていた。カンフー使いのジョニー・グエンの凶悪さ、プロレスラー、ネイサン・ジョーンズの212cmの巨体、カポエイラ使いラティフ・クロウダーのアクロバティックな動き、さらに実際に性転換をしている舞踏家のチン・シンの妖しい鞭さばき。そして『マッハ!』でお馴染みのペットターイ・ウォンカムラオが脇を固めている。ただ、これだけ凄い映画作ったら、このあとトニー・ジャーは誰と戦うんだ!?「北斗の拳」みたく”敵役のインフレ”にならないかといらない心配までしてしまった。しかし、次作は古代のタイを舞台としたチャンバラ映画になるらしい。またもや新たな展開をみせるトニー・ジャー映画。楽しみにしています!


トム・ヤム・クン!』オリジナル・ポスター集(アドウェアをインストールしようとしてくるので注意。ポップアップ禁止で。)http://www.siamzone.com/movie/m/3197/poster