■ローライフ (監督:ライアン・プロウズ 2017年アメリカ映画)
貧困と犯罪がパンツの染みみたいにこびりついたアメリカ/メキシコ国境の街を舞台に、そこで生きる最底辺の連中が関わることになったある犯罪事件の顛末を描いたのがこの『ローライフ』である。
この物語を面白くしているのは時間軸も主要人物も違う4つのエピソードが最終的に絡み合うことにより一つの大きな物語をなしていることだ。いわゆるグランドホテル形式ということもできるが、むしろクエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』のストーリー構成方法をそのまま踏襲したような作品だと言ったほうが近い。ちなみにこの映画、かのタランテイーノも絶賛だという。
主役となるのはこの連中。
- テディ……誘拐・売春・麻薬・臓器売買となんでもござれな悪党の総合商社みたいな街の顔役。キチガイ。
- モンストロ……マスクマン。ちょっと頭が足りない上に怒ると記憶が飛ぶほど暴れまわる。テディの部下。
- ケイリー……元売春婦のヤク中女。モンストロの子を身ごもっている。可愛そうな境遇の人。
- クリスタル……元アル中だったが今はモーテルの管理人に。夫は腎臓病で瀕死の状態。可愛そうな境遇の人。
- ランディ……刑務所から出所してきたばかりのオニーチャン。顔にドデカイ鍵十字の刺青をしている。気のいいバカ。
- キース……ランディの友人。何するにもインチキな嘘つき会計士。うざったい。
そんな「最低の人生=ローライフ」を生きる彼らの4つの物語がこんな感じ。
- 「MONSTERS(怪物)」……偉大なルチャドールだった父に強大なコンプレックスを抱くモンストロは今は悪党テディのしがない使い走り。彼は愛するケイリーとの間にもうけた子にモンストロの名を継承したがっていた。
- 「FIENDS(悪魔)」……クリスタルは腎臓病患者の夫のために闇の臓器売買移植をテディに依頼してしまう。そしてそのターゲットとなったのがモンストロの妻ケイリーだった。
- 「THUGS(ならず者)」……自分の身代わりで服役したランディの出所を出迎えたキースは今度はケイリーの誘拐を持ちかける。
- 「CRIMINALS(無法者)」……全ての諸悪の根源は街の顔役テディだった。モンストロら”ローライフ”に生きる主人公たちはテディへの反撃に出る。
もうね。登場人物誰も彼もがダメでクズで最低で、掃き溜めみたいな街で明日をも知れぬ希望の無い人生を送っている連中ばかりなのだ。しかしそれは犯罪と貧困以外何も無い地獄の1丁目みたいな土地で生まれ育ってしまったからであり、決して彼らが根っからの悪党だったり犯罪者だったりするわけではない。彼らはそれぞれに最後の希望に似たものを持ちつつも、邪な運命が賽の河原の鬼のように彼らの希望を打ち砕こうとしている。
とはいえ、こんな物語ながら雰囲気は決して陰鬱だったりうんざりするほど暗いといったものではない。むしろそれは逆で、登場人物誰もがタガが外れたみたいに素っ頓狂か考えなしのバカな行動ばかりとりたがるものだから、ブラックながらも奇妙なユーモアが物語全体を覆う。その最たるものがマスクマン・モンストロで、こいつブチ切れて暴れたときの記憶が飛ぶもんだから、気付いたときにはあたりは嵐が通った後みたいなメチャクチャな状況になっている。顔に鍵十字の刺青をしているランディもネオナチとかではなく単なるクルクルパーで、オマケに変なところで前向きだったりするから妙に憎めなかったりする。
そんな彼らが自らの全ての不幸の集約点が、実は街の顔役テディにあった、と知ったときにどう反撃に出るのか、最低でしかなかった自分の人生や運命や宿命にどうやって落とし前をつけようとするのか、どうそれぞれの不幸の連鎖を断ち切れるのか、というクライマックスに向けての疾走感がなかなかに見所となる作品なのだ。
確かに構成は『パルプ・フィクション』的なのだが、『パルプ・フィクション』が華のある俳優たちの出演とタランティーノ的なファナティックさが圧縮された作品だったのとは違い、この『ローライフ』は現実に塗れた底辺の人間たちが、殺伐とした人生の中でイタチの最後っ屁みたいなギリギリの戦いを演じる、といった部分で対比的だと思えた。そんなに名を知られていない作品のようなのだが、これは結構な拾い物なんじゃないですかね。