■ムトゥ 踊るマハラジャ【4K&5.1chデジタルリマスター版】(監督:K・S・ラヴィクマール 1995年インド映画)
■実は『ムトゥ』を今までちゃんと観ていなかった。
一時インド映画に猛烈にハマってしまい、 インドから大量のインド映画DVDを購入しては毎日憑りつかれたようにそれらを観続けていた時期があった。そして訳も分からないクセにその感想をブログに書き殴りまくっていた。当時は一部の方にオレといえば「インド映画の人」と認識されていたりもしていた。実の所、本当にインドやインド映画を心の底から愛している方は大勢おり、オレなんぞはそれらの方と比べるなら単なる冷やかしに過ぎなかったが。
そんな「なんちゃってインド映画ファン」のオレだが、実はある超有名作だけはちゃんと観ていなかったのである。なんとそれがこの『ムトゥ 踊るマハラジャ』だったのだ。
「ちゃんと観ていなかった」と書いたが、正確には「全部観ていない」ということなのだ。1998年、日本で公開されるや一大マサラムービー旋風を巻き起こし、当時の話題をかっさらった『ムトゥ』だが、映画ファンの端くれとして存在自体は認識していた。渋谷に行くと上映館であるシネマライズに主演女優を描いた巨大な看板が飾られていたのを何度も目にしていた。だが当時のオレは、この作品を単なる「キワモノ」だと思っており、興味こそあったが結局劇場で観ることは無かった。
その後レンタルビデオ店に並ぶようになったこの作品を、オレはようやく鑑賞することとなった。しかし映画が始まり、なにやら勇ましい音楽も、アクションシーンや歌と踊りにも、どうにも薄っぺらいものしか感じなくて、少しも面白く思えなかった。なにより主演のラジニカーントが、「単なるムッサイおっさん」にしか見えなかった。致命的だったのが画質の悪さだ。もやもやぼやぼやした画像からはひたすら貧乏臭いものしか感じなかった。オレは飽きてきて途中までしか観ていないビデオをレンタル店に返却した。
まあ要するに、出会いが不幸だったということだったのだろう。それから何年かして劇場でインド映画『チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ』(2009)を観る機会があったが、その時は素直に、インド映画独特の作品世界に驚嘆し、心底楽しい作品だと感じられたからだ。オレが本腰を入れてインド映画に傾倒し始めたのはそれからさらに先となり、2014年の事となるのだが、その頃から日本でレンタルできるラジニカーントの映画をぽつぽつと観るようになったのだけれども、そのどれもが実に面白く楽しめるものだった。とはいえ、結局のところ、この『ムトゥ』だけは、なぜか観る事がなかったのである。
■そしていよいよの『4K&5.1chデジタルリマスター版』登場。
そして今回の『4K&5.1chデジタルリマスター版』公開である。ああ、遂に来たか、とオレは思ったのだ。これはヒンドゥー神がオレに「いい加減そろそろ『ムトゥ』を観よ」と命じているのだな、と。オレはすっかり観念して、いそいそと劇場に足を運んだ。ちゃんとパンフレットも買って。
とまあそんな訳でようやく『ムトゥ』を観たのだが、率直に感想を述べるなら、「まあこんなもんかな」といったものだった。「ええと、面白く出来てるよ、でも、ラジニがこの作品の後に主演した『ボス その男シヴァージ』や『ロボット』のほうがもっと面白かったかな」と思ったし、「日本で一大ブームを築いた記念碑的作品として非常に重要だけれど、今はもっと凄いインド映画があるし、むしろそういった作品を一般に観られるようにしたほうがいいかな」とも思った。そして「あまりインド映画に馴染の無い方が今これを観てもそんなに楽しめないんじゃないかと思うし、あくまで回顧として観るのはいいけどこれがインド映画のスタンダードだと思われるのもちと辛いな」とすら思った。すまん。ファンの皆さん、大変すまん。
いや、決してこの作品をクサすつもりはない。物語の骨子は王道であるが故に古びるものではなく、勧善懲悪の在り方や秘められた出生の物語は非常に分り易く十分観客の心に訴えかけるものがある。ラジニカーントはどこまでも雄々しくあるいは茶目っ気たっぷりで、スターの貫禄たっぷりだ。ヒロインのミーナは今の基準でいうと古いかもしれないがしかし日本人観客には「エキゾチズム溢れた原型的なインド女優」と受け止められるだろう。さらにその気の強い性格は単なるお姫様女優ではないという意外性がある。
なにより歌と踊りは時代を超えて美しくひたすら煌びやかで楽しい。アクションは今のインド映画と比べると素朴なものだが、それでもクライマックスに於いて怒り心頭に達したラジニの鬼神の如き戦いには非常に興奮させられる。注意深く観るならここには非常に暗い情念と暴力性が秘められていることも感じられるが、これは南インド映画ではポピュラーなことだ。注目すべきはR.A.ラフマーンの音楽で、伝統音楽のように思わせて実は電子楽器が導入され、ブレイクビーツが聴こえてきたりもするモダンなものだ。当然ブラッシュアップされた映像と音響は鑑賞するうえでまるで問題ない。
だから、悪くは無いんだ。そして、観てよかった、とも思っている。今観なかったら、いつまで経っても観られなかったから。ただやはり悔しいのは、こうして今更のように観ている自分が、日本初上映時にこの映画に感嘆しファンとなった多くの方の盛り上がりに、見事に乗り遅れてしまった、その興奮を共有出来なかった、ということなのだ。返す返す、やっぱり出会いが不幸だったんだなあ、二人は恋人になれなかったんだなあ(?)と思えて仕方がない。
「ムトゥ 踊るマハラジャ(4K&5.1chデジタルリマスター版)」予告編