■ビッグ・シティ (監督:サタジット・レイ 1963年インド映画)
1953年のカルカッタ。病気の父親を抱えながら、しがない稼ぎしかない銀行の係長であるシュブラトを夫に持つ妻アラチは、あまりにも苦しい家計をみかねて働きに出ようとする。まだ主婦が外で働くことが一般的でない時代。同居する夫の父の制止を振り切って、上流家庭に編み機を営業して回るようになる。
はじめは苦労するものの、やがて営業の才能を発揮するアラチは、次第に自信を身につけていく。そんなアラチの姿を、夫である面目を保てず、内心気が気でなく見つめるシュブラト。2人の関係にも次第に変化が生じてきていた。そんなある日、シュブラトの銀行が倒産してしまい… (公式HPより)
1953年のカルカッタといえば、印パ分離独立まもなくの混乱によりパキスタンから膨大な難民が流入、経済は地盤沈下を起こしていた時期だった。同時にカルカッタは、西ベンガル州の州都であり、インド屈指の大都市の一つでもある。そんな、未来への不安と希望の入り混じった"ビッグ・シティ"で生きる、ある家族の物語がこの作品となる。原作はナレンドラナート・ミットラの中篇小説。サタジット・レイ監督が脚色・監督・音楽を一人で兼ねている。
物語の主眼となるのは女性の社会進出である。新たな時代の新たな生き方を模索する女性と、それに対し未だ旧弊な価値観しか持ちあわせない男たちとの対立がここで描かれることになる。主人公アラチ(マドビ・ムカージー)の夫シュブラト(アニル・チャタージー)は苦しい家計に背に腹は代えられず、不承不承妻アラチの就職を許すが、シュブラトの父母はそれが許しがたいことだとして苦い顔をしている。
アラチは仕事を続けるにつれ、次第に社内の友人ができ、さらに軌道に乗った仕事に楽しさを覚えるようになってゆく。最初は家計を遣り繰りする目的でしかなかった会社務めが、アラチに新たな視点を与えてゆくのだ。ここで彼女は自己実現に目覚める。目的意識とそれを成就することの楽しさ、そして社会参加の喜びを覚える。それは、それまで家庭の主婦として生きてきた彼女には新鮮な出来事であり、自らの意識の刷新でもあった。
それに対し男たちはどこまでもだらしない。夫シュブラトは苦しい家計を顧みず妻の就職に難色を示し、失業してからはただ家にくすぶるばかりで、おまけに街中で見かけた妻と男性同僚のやりとりをこそこそ覗き見する始末だ。さらにシュブラトの父は教師であった過去にすがり、かつての教え子たちに無心する毎日を送るという体たらくである。彼らは変わりゆく現実に対応できず、古い時代の幻影ばかりを眺めつまらないプライドだけにすがって生きている。
しかし作品はこれら対立ばかりを描くものではない。価値観の違いを持つ両者が、どう歩み寄り、共に手を取り合って生きようとするのかを描くのが最終的なテーマとなるのだ。若干社会派寄りの作品であり純粋な娯楽作というものではないのだけれども、インドの苦しい一時代をどう生きてゆくべきかを、つまずきながらも手探りしてゆく夫婦の愛の物語ととらえることもでき、もちろんインドにおける女性の在り方を探ることのできる作品としても観る価値があるだろう。ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)受賞(1964年)。
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