死霊も踊るタミルのホラー・コメディ『Kanchana』

■Kanchana (監督:ラーガワ・ローレンス 2011年インド映画)


死霊がキレキレのダンスを踊るインドホラーがあるという。Twitterのフォロワーさんのツイートで知ったその映画のタイトルは『Kanchana』。


死霊が踊るといえばマイケル・ジャクソンの『スリラー』、そしてA. C. スティーヴン監督による伝説のグダグダ・カルト・ホラー『死霊の盆踊り』と、名作(?)の誉れ高い作品が思い浮かぶが、そこは歌と踊りでは他の追従を許さないインド映画、いったいどのような阿鼻叫喚の様が繰り広げられているのであろうか。興味を抱いたオレは早速その映画を観てみることにしたのである。しかしそれにしてもこの映画、ホラーのくせに2時間50分もありやがるぜ…。さすがインド映画クオリティ…。

さて映画が始まり、なにやら因縁の深そうな怪しい空き地が写される。そしてその近隣の家では夜な夜な不気味な出来事が起こっている。おお…これからいったいどんな恐ろしい話が展開するのか…と固唾を呑んで観ていたら、そのあとタミルのやんちゃそうなお兄ちゃんたちがぞろぞろ現れ、クリケットを巡って大ゲンカを始め『ダバング 大胆不敵』すら髣髴させる無重力殺法の飛び出す大アクションへと発展しているじゃないですか!?ええっとあのこれホラー映画じゃ…。そのあと主人公と思しき陽気なお兄ちゃんと仲間たちがにこやかに明るく陽気な歌と踊りを繰り広げます!あのぉ〜、ホラーは…。そしてその後は嬉し恥ずかしロマンス展開!うんうん!これこそインド映画だね!…じゃなくて、ええっとこれ、ホラー映画の筈じゃ…(涙目)。

とまあここまではあくまで"ツカミ"ってことで、ここからじわじわとホラーっぽくなってゆくわけですね。実は冒頭で出てきた空き地には死体が埋められており、タミルのやんちゃなお兄ちゃんこと主人公ラーガワ(ラーガワ・ローレンス)が、その怨霊にとりつかれちゃう、という訳なんです。その死霊は3つの霊らしく、憑依されたラーガワには3つの人格がかわるがわる現れ、家族を恐怖に陥れます。困った家族はヒンドゥー教の僧侶を呼び、そこで怨霊対悪魔祓い師の戦いへと発展してゆくんですね。しかしそこで分かったことは、この3体の怨霊たちが生前、土地を騙し取られた上に惨殺されたある一家が怨念を抱いたまま現世に留まったものだということでした。

物語はこうした陰惨な因縁話をところどころコミカルな演出を交えながら進んでゆきます。ホラー要素に関しては暗闇から「ワッ!」と驚かすようなこけ脅かしが多く単純ではあります。また、ホラー演出のために使われるVFXもどちらかというと素朴なもので、リアルすぎるぐらいリアルなエゲツなさというものではありません。この辺、ハリウッド・ホラーと比べるとどうしても物足りなさを覚えてしまうかもしれませんが、素朴な分プリミティヴな不気味さが存在しています。特に怨霊たちの生前の姿と彼らがどのように惨たらしく殺されたかを描く後半からシリアスになってゆき、クライマックスからの大復讐劇はホラー映画というよりも奇想天外な見世物を見せられているかのようです。

それと同時にこの映画は社会的弱者への視線を随所に感じさせているんです。前半の踊りのシーンでは下半身不随のポリオ患者たちが楽しげに踊りまわり、また、殺されて怨霊となったのは知的障碍者とインドではヒジュラと呼ばれる性同一性障害者です。前者では障碍者たちをはつらつとして踊らせ、後者では虐げられた者の無念を復讐という形で成就させます。ここにあるのは弱者への同情と社会参加への手助けなんです。さらにインド的な勧善懲悪・因果応報の思想もあるでしょう。そういった部分ではホラーというよりも道徳説話的な物語ということもでき、インドにおいてホラーがどのように機能しているかの一端を知る鍵になるかもしれません。あ、死霊がキレキレのダンスを踊るシーンは最後の最後です!