『ロボット』の監督シャンカールが描く美と醜の饗宴〜映画『I』

■I (監督:シャンカール 2015年インド映画)


インド映画に興味の無い日本の観客を巻き込んでヒットしたエポックメイキングなインド映画、というと様々ありますが、まずは『ムトゥ 踊るマハラジャ』、そしてもう一つは『ロボット』だったんではないでしょうか。自分も『ロボット』はネットでその存在を知り、YouTubeの映像から「なんだかとんでもない映画がこの世に存在している…」と度肝を抜かれたクチでした。当時全くインド映画に興味の無かったこのオレが、矢も楯もたまらず『ロボット』DVDを購入したくなり、今思えば老舗だったインド雑貨のネットショップを見つけて注文したのを覚えています。その時お店のHPには「ヒンディー語Ver.とタミル語Ver.があります」と書かれていたんだけど、なんのことを言ってるのかさっぱりわからなかったのもいい思い出です(インドで多言語で映画が作られているということすら知らなかった)。(興奮しまくって書いた感想文はこちら
さてその『ロボット』を監督したシャンカールの最新作となるのが今年1月に公開されたこの『I』なんですよ。最初YouTubeで予告編を観た時はそのめくるめくような映像に「なんだか分かんないけどスゲエ!!」と相当興奮しましたが、それにしても本当に何の映画なのかさっぱり分からない予告編なんですよ!とりあえず最初にこの予告編を観てくださいよ!

モデル風の男…真っ赤な湖とそこに架けられた橋を走り抜ける真っ赤なドレスの女…男女のロマンス展開…しかしそこでホラー風映像が!醜い顔をしたせむしの男が結婚衣装の女に迫る!…と思ったら次はアクション展開!中国らしき家屋の屋根の上でマウンテンバイク同士のバトル!さらにレスリングぽい格好の男たちによる裸の戦い!「I」イズ・ラブ!「I」イズ・ペイン!「I」イズ・デビル!なんじゃなんじゃ!?と思ってるとフランスの宮殿の中で走る女!空から舞いおりる天使の群れ(ええっ!?)!吼える獣人(えええっ!?)!ロボット女性に変形するバイク(ええええっ!?)!なんだかベネトンのCMみたいなカラフルなクリップシーン!マッチで何かに火を付けるせむし男!体中に急速に毛が生えてゆく女!
うおおおおお訳がわからねええええ〜〜〜〜ッ!!
ロマンス!ホラー!アクション!…まではいいとして、ファンタジー!?SF!?まで網羅されてしまってるトンデモナイこの予告編、いったい本編はさらにどれだけトンデモナイことになってるのか気になってしょうなかったのですが、やっとDVDが出たので入手、観ることができました。すると…おお、全部繋がってる!!
物語を説明しましょう。主人公の名はリンゲーサン(ヴィクラム)。ボディービルダーの彼はトップモデルのディヤー(エイミー・ジャクソン)の大ファンでしたが、とあるきっかけから彼女からモデルにならないか、と誘われます。体には自信はあってもダサダサの田舎者だったリンゲーサン、迷いながらも大好きな彼女の為に仕事を引き受け、二人は一路ロケ地の中国へ。紆余曲折ありながらも撮影が軌道に乗ってきたある日、二人を暴漢の群れが襲います。それは以前ディヤーによって干されたモデルの男による策略だったのです。一方、別の時間軸。黒い僧衣に身を包み、顔中に醜い腫瘍の出来たせむしの男が結婚式を目前に控えたディヤーを襲い、連れ去ります。男はディヤーを鎖で繋ぎ、さらに街中に出て人を襲うのです。「死よりももっと酷い目に遭わせてやる…」と告げながら。
物語はこうして、リンゲーサンとディヤーの出会いとロマンスがどこまでもひたすら美しく描かれるのと並行して、怪しいせむしの男がディヤーを監禁しさらに惨たらしい方法で人々を傷付けてゆくホラー展開とが描かれてゆきます。そしてこの二つがどのように関わってくるのか?が徐々に描かれてゆき、血を吐く様な残酷な運命と恐ろしい復讐の情念が明らかにされてゆくのです。まあ観ていればこの二つの流れがどういう関わりを持つのかすぐ気付かされますが、とりあえずここは書かないでおくことにしましょう。物語の全体的な印象は、「美女と野獣」「オペラ座の怪人」「ノートルダムのせむし男」などフランスの古典文学を翻案としながら、それをインドならではの美しい歌と踊りのロマンス展開で見せ、さらにその上タミル風味の強烈なアクションと残酷さで味付けしたという作品だということができると思います。さらにその全てが過剰なまでにテンコ盛りになって一丁上り!となっているという安定のタミル映画クオリティとなっているわけなんですね。
なによりまず驚かされるのが中盤までのロマンス展開における目を奪うような視覚効果の在り方でしょう。序盤では「恋し過ぎてあらゆるものが愛する女性に見えてしまう」という恋の至福を、CGを使って徹底的に具体化して映像化しているんですね。これは「心が映像化される」というインド映画ならではの手法を極端化させたものだといえるでしょう。↓で紹介するビデオクリップでその映像の一端を観ることができると思います。

さらに広告撮影で赴いた中国を舞台としたシーンでは、中国南部・湖南省で50日間にわたりロケがされたらしく、中国ならではの山間部の奇観を十二分に生かしながら、さらにそれをデジタル着色することで凄まじいまでの色彩の饗宴を見せつけられることになるんです。青々とした山間で青いドレスを着て踊るディヤー、緑なす水面で緑のドレスを着て踊るディヤー、さらに赤く染められた湖畔で真紅のドレスを着て踊るディヤー。ここまで徹底的に原色を強調しなおかつ透徹した美しさを湛える映像をこれまで観たことがありません。そしてそれらのシーンをA・R・ラフマーンの音楽がどこまでもエモーショナルに盛り上げてゆくのです。これにはとてつもなく魅了されました。今年一番美しかった映画を挙げろ、と言われたらこの『I』を挙げることでしょう。
一方、ホラー展開のパートでは、なかなかに陰惨でグロテスクな映像を見せられることになります。しかしながら、これらはどこかブラックユーモア的な可笑しさも込められており、単に残虐さだけを強調しているわけではないんですね。ただし物語の真相と復讐のターゲットの顔ぶれが明らかになる後半からは説明的になり、若干単調に感じてしまったのは否めません。この後半は徹底的に悪趣味さを押し出しおり、前半の流麗な美しさと真逆の展開となっている事に気付かされます。この作品はこれらを通し「美」と「醜」の両極端をひとつの映画の中に描き出そうとしたのでしょう。まさにそれこそがこの映画のテーマなのだと思います。
キワモノっぽい要素もありますが、映像のマジックでとことん見せてゆき、癖になるような面白さと驚きに満ちていて、何度も観たくさせる魔力を持った作品でした。日本公開は難しいかもしれませんが、「劇場で観たい!」としみじみ思いましたね。誰か買い付けてよ!!

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