広場恐怖症の女を襲う怪異〜映画『Phobia』

■Phobia (監督:パーワン・クリパラニ 2016年インド映画)


レイプ事件に遭い心を病んだ女が一人引き籠った部屋で体験する怪異。それは夢なのか現実なのか。2016年公開のインド映画『Phobia』は閉鎖環境の中で巻き起こるサイコ・ホラーだ。主演に『Manjhi - The Mountain Man』(2015)、『Badlapur』(2015)の他タミル・マラーティー語映画にも出演の多いラディカ・アプテ。監督に『Ragini MMS』(2011)、『Darr @ the Mall』(2014)のパーワン・クリパラニ

《物語》新進アーチストのメヒカ(ラディカ・アプテ)はパーティーの夜に乗ったタクシーの運転手に暴行を受ける。それ以来彼女は神経を病み、パニック障害広場恐怖症を発症してしまう。メヒカの男友達シャーン(サチャデープ・ミシュラ)は彼女を憐れみ、彼のアパートに暫く間借りすることを許す。しかしそのアパートの部屋で、メヒカはありえないものの気配を感じ、そこにいない筈の誰かの姿を目撃してしまう。アパートで知り合った女子大生のニッキ(ヤシャスウィニ・ダヤマ)は、隣の部屋に住む男マヌー(アンカー・ヴィカル)の恋人の姿が最近見られず、ひょっとしたらマヌーが殺したのではないか、とメヒカに告げる。

ボリウッド映画を観ていて気付くのはホラー作品が意外と少ないということだ。欧米でも日本でもそこそこの数のホラー作品が作られヒット作も出るが、「ボリウッド・ホラーの傑作!」「大ヒット・ボリウッド・ホラー!」といった作品を知らないのだ。作られていることは作られているのだが、それほど高い評判の作品もないような気がする。しかしこれは観測範囲がボリウッド映画だけの話で、タミル語マラヤーラム語映画などでは傑作と呼べるような作品があるのをネットで目にすることはある。以前見たタミル語映画『Pizza』(2012)は脚本になかなかにひねりのあるホラー作品だった(インドでもホラー・ブームはあったらしく、この辺に記述がある)。

そんな中、この『Phobia』は、傑作!とまでは言わないが、ホラー作品として及第点を与えていいような、個人的には初めてのボリウッド・ホラーのような気がするのだ。なにしろ"及第点"であって、あまり期待値を上げないでいただきたいのだが、観終って「うん、これはよく出来ていた」と思えた作品であるのは確かだ。グロテスクさやショッキングさで煽ってゆくホラーではなく、不安と恐怖でじっくりと盛り上げてゆくホラーであり、さらにクライマックスに行きつくまでの伏線とその回収の様が鮮やかなシナリオを成しており、最後に「そういうことだったのか!」と感心してしまった。いわゆるサスペンス構造なのだが、本質はホラーであると言ってしまってもいいだろう。

物語は主にたった一つのアパートの部屋の中だけで展開する(あ、決して1LDKという意味では無くて、そこそこの間取りはありますよ)。こんなミニマルな舞台設定から既に低予算ホラーの匂いがするが、だからこそアングルやカット割りで観客に飽きさせないように工夫する必要があり、そこをこの映画はきちんとクリアしているように思う。この閉鎖空間の中で、ただでさえ神経症を患っている女性が"有り得ないもの"を見、パニックに至る。そしてこの映画のキモは、主人公が広場恐怖症であるばかりに、恐怖の漂う部屋から逃げることが出来ない、という部分だ。得体の知れない"何か"が出没する部屋も怖いが、部屋を出たくても出られない主人公が、助けを求めることさえできず、出口のドアの前で、苦悶の形相を浮かべながらパニックに駆られる姿もまたコワイ。

その中で、彼女が"見た"ものは、本当に存在したのか?あるいは神経症が生み出した幻影でしかないのか?という疑問が生まれる。一見「お化け屋敷」ホラーのように見えながら、お化けなんか最初から存在しない、全部幻覚だった、ということもありえるのだ。さらに、もしも"何か"が本当に存在したとして、"それ"は何なのか?何のためにこの部屋に出るのか?という謎が生まれる。その謎がサスペンスを生み不安を生む。こういった構成がいい。ミニマルな舞台設定ではあるが必要最低限の登場人物を効果的に配し、彼らの行動によりさまざまな疑心暗鬼を煽ってゆく様も丁寧だ。インド・ホラー『Phobia』はハリウッド・ホラーの既視感を感じさせる部分もあるし、小振りな作品でもあるけれども、見た目の仰々しさに頼らない確かなサスペンス演出が光る秀作だと感じた。

http://www.youtube.com/watch?v=fBP6rYLfgFE:movie:W620